2009年10月11日

最後の公共事業

南京虐殺・従軍慰安婦と並んで、日本の世界に冠たる「恥」がある。それは「電信柱」である。ヨーロッパの各国を見るがよい。自民党が馬鹿にして来た「東欧」を含めて、ロンドンにも、パリにも、ベルリンにも、ローマにも、ストックホルムにも、プラハにも、モスクワにも「電信柱」はない。これら「前世紀の遺物」が残っているのは自称「先進国」の中ではこの日本だけなのだ。「前世紀の遺物」と申し上げたが、もっと正確に言うと「前々世紀の遺物」である。ロンドンでは19世紀から電線は地下に埋設されていた。これには理由がある。ロンドンの町には当時から下水道が発達していた。電気の発明による送電線の格納場所として「下水道」がそのまま「共同溝」として利用できたわけである。この「共同溝」の存在こそが東京とヨーロッパの諸都市の決定的な違いだと言える。意外と知られていないが、実は東京で本格的な共同溝が存在するのは銀座通り「のみ」なのである。あとは人がほとんど住んでいないお台場ぐらいのものだろうか?勿論住宅分譲会社が独自に整備した「私的共同溝」もあるにはあるが。

電線専用のシステムとしてはCCBOXと呼ばれる「電線共同溝」がある。皮肉なことに、こういった技術においては日本は世界の最先端を行っているのだ。では何故日本では電線共同溝が普及しないのか?理由は二つある。ひとつは電力会社のサボタージュである。ヨーロッパの電力会社は19世紀に電気が発明されて以来、その「社会的責任」を果たしてきた。しかし利益追求を最大の使命とする日本の電力会社に、ヨーロッパのような「性善説」を期待することは出来ない。二つ目の理由は「法律」の問題である。ここで詳しく述べる余裕はないが、現在日本に存在する「電線共同溝法」は、あたかも電線共同溝の普及を「阻害」するために作られているのではないかと思うほどである。電線共同溝を敷設するまでに、ありとあらゆるハードルが用意されているのだ。

電線共同溝の整備等に関する特別措置法
http://www.houko.com/00/01/H07/039.HTM

現在国内で電線共同溝が発達している都市を挙げてみると、つくば学園都市や飛騨高山の白川郷などがある。前者は国策都市として共同溝が計画的に導入された。後者は「観光都市」としての必要性から住民の要求によって実現したものと思われる。

自民党政権によって「ばら撒かれ」てきた公共事業は、そのほとんどが「要らない道路」「要らないダム」「要らない橋」「要らない空港」「要らない箱もの」が主なものであった。日本の都市景観をヨーロッパ並みに改善する「電線共同溝」はまったく顧みられてこなかった。電線共同溝事業を本格的に行うことにより、雇用問題の解決や経済回復も期待出来るのだが。果たして日本の都市景観は未来永劫にわたって「醜いまま」なのであろうか?

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2009年11月01日

最後の公共事業2

アメリカも日本と同じ「架空電線」天国であるが、日本ほど人口密度(=電線密度)が高くないために、日本に比べ電線も「まばら」で、まだ救われている。アジアの諸都市には、ヨーロッパのような法的規制が無いため、広告や看板が野放しとなっている。

どういう訳かアジア人はヨーロッパ人に比べて、都市景観(自分たちの住む街の「醜くさ」)に不感症であるようだ。東京、香港、上海、台北、シンガポール。これらの都市の中で「架空電線」と「広告・看板」の両方が存在し、都市景観を害しているのは、東京だけであり、それは日本のすべての都市について言えることである。香港、上海、台北、シンガポール、いずれの都市も「電信柱」が無いのだ。事ここに至っては、かつて自民党がとことんバカにしてきた東ヨーロッパの「社会主義国」のみならず、現在も「開発途上国」と呼んでバカにし続けているアジア諸国に、我が国は完全に追い越されていることになる。今に中国にも追い抜かれるのは間違いないだろう。

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今から何十年も前、経済成長を続けている頃に「電線地中化」を公共事業として進めておけば、日本のインフラはとっくにヨーロッパに追いついていたはずである。世界でも有数の地震多発国である日本にとって「電線地中化」は、他のどの国よりも「切実な要求」であるのにも拘わらずの怠慢である。それをせずに、無用なハコもの公共事業ばかりを推進してきた自民党政権の罪は極めて重いと見るべきであろう。

私はもう何十年も前から「電信柱」「架空電線」が、日本の「恥」であると指摘し続けてきたが、周りの友人や身内からはどういう訳かほとんど賛同は得られなかった。賛同が得られないというより、彼らは基本的に「無関心」なのだ。「架空電線」は「恥」どころか景観の悪い都市に暮らすことは、日本人の精神に悪影響を与えている、とすら私は考えている。例えば子供の情緒不安定や、大人の精神疾患の遠因にもなっているのではなかろうか?私など、精神的にすぐれない時に、電信柱が林立し、架空電線が空を埋め尽くした街を歩いていると、さらに気が滅入って来て、持病の鬱状態が悪化してしまうほどだ。どうも一般の人々はそのように感じないようであるが、その鈍感さが私は羨ましいほどである。

しかし、最近インターネットが普及するようになって、私と同じ考えを持つ「同好の士」が少なからずいることが分かって来た。そういったブロガーの存在で、この日本の「電線地中化」が少しずつでも進むことを願って止まない。
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2010年01月15日

最後の公共事業3

おしゃれな銀座通りも一歩裏通りへ入ると電信柱が林立し、醜い架空電線が空を覆う、そんな「無残な都市景観」ばかりを「問題視」してきた私だが、先日ある読者からより根源的な弊害として、電信柱は「危険」ではないか、と言うご指摘があった。これは全くそのとおりで、むしろあまりの自明の理であるが故に私が触れてこなかった部分である。そこで今回は電信柱の「危険性」及び「実質的な害悪」について書いてみたいと思う。

電信柱による「車両自損事故」が、ヨーロッパ先進国には全く存在しない日本独特の「恥ずべき」交通事故であることは、論を待たない。電信柱のない国で「電信柱にブチ当たる」ことなど望んでもありえない。

私はたまに、母の車椅子を押して外出することがあるが、歩道のある表通りを避けるようにしている。車の多い表通りには、ただでさえ狭い歩道のど真ん中に電信柱が立っており、車椅子を押した私と対向者、あるいは対向自転車がすれ違うことが出来ない。大概は通行者なり自転車が幾分広くなった場所で待機してくれるか、車道に一時逸れて私たちを通してくれる。そんな時私は相手に対して会釈をし礼を述べるわけだが、中にはやはり何%か不機嫌な顔をしたり舌打ちする人も居る。自転車に乗る方ならよく分かると思うが、自転車を運転していて一番頭に来るのは、予期せぬ場所でブレーキをかけることである。ブレーキをかけるということは、貯えていた体内のエネルギーを筋肉に送りペダルを漕ぎ、最終的に自転車の車輪に回転エネルギーとして変換していたものを、いったん「リセット」する、という虚しい行為に他ならない。私とて逆の立場であれば顔にこそ出しはしないが、ヤレヤレと思うに決まっている。尤も私の場合はその前に、目の前にある電信柱を作った電力会社と行政に腹を立てるだろう。とにかく車椅子を押していると、こんなやりとりを、目的地に着くまで何十回となく繰り返さなければならないのである。日本の都市の99パーセントでは「バリアフリー」というのは「絵に描いた餅」である。それを少しでも「バリアフリーもどき」に近づけようとするのなら、最初にやるべき事は電信柱の撤去である。

道交法では本来自転車の走行は車と同じ「車道の左側」である。しかし、現在では日本中の自治体が歩道での通行を事実上「黙認」するに至っている。それはもちろん自動車と自転車による死亡事故があまりに多いための「次善の策」という意味での「お目こぼし」であろう。しかし、相変わらず狭く電信柱のある歩道であれば、車道に逸れた自転車が、前から来た自動車と正面衝突するというような別の重大事故に繋がる可能性もある。夜間において無灯火の自転車が、自動車のヘッドライトの前では「死角」に等しいというのは多くのドライバーが経験されることと思う。単位人口あたりの年間自殺者が先進国中トップの我が国であるが、同様に電信柱関連衝突事故ワースト1を返上する日は、一体何百年後になると言うのだろうか。この国の現状は暗澹たるものである。


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2012年09月29日

電信柱と騒音

東京と違って、シンガポール、台北には電信柱が殆ど無い。「電線地中化率」では東京は、ネトウヨさんが嫌いなソウルにも、負けている。また、中国でも、地方の観光都市では集客のために、電線の埋設を積極的に行なっており、現在、急速にインフラ整備が進んでいる。したがって、この点では、日本は間違いなく世界ワースト・ワンなのである。つまり「脱亜入欧」でも日本は他のアジア諸国に、今や先を越された格好である。

私は、日本の電線地中化が遅れた原因が、日本の行政と電力会社が「結託」した「サボタージュ」にあることを明らかにした。それについては以下のエントリーをご覧いただきたい。

<最後の公共事業>
http://takashichan.seesaa.net/article/130056234.html
<最後の公共事業2>
http://takashichan.seesaa.net/article/131725291.html
<最後の公共事業3>
http://takashichan.seesaa.net/article/138362041.html

私がこれらの文章を書いた時点では、賛同者は殆どいない状態だったが、最近ではインターネット上で検索すると「電線地中化」に関するブログや記事が、結構見られるようになった。また、ごく少数ではあるが、日本の都市景観が、日本人の精神衛生に悪い影響を及ぼしているという、私と同じ説を述べておられる方もいらっしゃる。

なお、私の尊敬する本多勝一氏は、他にも日本の悪い点として、公共の場での「騒音」を挙げている。例えば温泉地でのラウドスピーカーによる演歌の轟音。都会の街を歩いていると聞こえてくる宣伝放送「あれを買え、これを食え」のアナウンスの洪水。無意味な音楽。たしかにそのとおりである。電信柱と同様、これらが不快なものであることに、私も異論はない。中島義道氏も、その著書「醜い日本の私」のなかで、同様の指摘をされている。この点、本多勝一氏は、特に手厳しく、電車や地下鉄の車内や駅のアナウンスもうるさいとして「全て無くすべき」だと糾弾する。「ドアの開け閉めに注意しろ」だの「忘れ物をするな」だのの「おせっかい」も「不必要」だと言う。さらに「次に停まる駅の名前」や「乗り換え案内」までも必要ないと言い切る。

しかしである。ここまで来ると私は「そうかな?」と思ってしまうのだ。確かに「あれを買え」のたぐいのアナウンスはうるさいし「足元にお気をつけ下さい」は、無いほうがいいと思う。更に「前の方に続いてお乗りください」というアナウンスにいたっては「日本語の意味」すら分からない。「後ろの方に続いて」乗るバカがこの世の中にいるだろうか?全員が「後ろの方」に続いていたならば、何時まで経っても一人も電車に乗れないではないか(笑)。

さて、冗談はこれくらいにして、しかし「次に停まる駅」や「乗り換え案内」だけはあっても良いのではないかと思う。私などは会社勤めをしていた頃、よく文庫本に夢中になり、駅を乗り過ごしてしまうことがあった。朝の通勤時、二駅ぐらい戻ることがしょっちゅうあったものである。尤も、アナウンスを聞き逃していたから乗り過ごしたのであって、ならばそれはアナウンスが「無意味」であることの「証左」ではないか?と言われれば、返す言葉も無いのだが(笑)。

<参考サイト>

All About 電柱や電線が 「ある街」 の資産価値(不動産コンサルタント・平野 雅之氏)
http://allabout.co.jp/gm/gc/25685/
All About 電柱、電線(不動産コンサルタント・平野 雅之氏)
http://allabout.co.jp/gm/gc/393763/

日本と韓国の電線類地中化率比較(ツイてる!社長氏)
http://blog.livedoor.jp/drj1966/archives/51821869.html

美しい国 日本の景観(てる爺氏)
http://www.biwa.ne.jp/~tam/sansaku/report/25%20keikan/keikan.html

<参考書籍>

醜い日本の私
http://www.shinchosha.co.jp/book/146728/

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2012年10月14日

最後の公共事業4

地下鉄「三越前」駅の改札を出ると、日本橋三越の地下菓子売り場へ通ずる「出口」がある。その横に「共同溝」を観察できる「窓」が設置されているのをご存知だろうか?ご覧になったことがない方は、今度是非見てみて欲しい。大変に立派なもので、日本人は、このような物を作るのが実に上手い、ということがよく分かる。また、穴を掘り進めながらコンクリートで固めていく「シールド工法」にかけては、日本の技術は世界一だと言われている。しかるに、何故それらの技術を国内で、大都市で、住民のために活用しなかったのだろう?何故日本には「共同溝」が「殆ど」無いのだろう?世界の七不思議に入れたいくらいだ。

以前にもお話したが、電線を地下に埋め込む「CCボックス」という技術も、世界一だという。なのに何故、日本の国土にはこれほど「電信柱」が林立し、電線が空を駆け巡っているのか?何故、これほど「汚い景観」の中で、我々は住まわされているのか?何故年がら年中、ムダな税金を使って地べたを掘り返し続けているのか?それは、日本の為政者と電力会社が義務を果たさず、サボタージュを続けてきたためだと、私は指摘し続けてきた。この共同溝(電線共同溝)こそが「最後の公共事業」だと、私は言い続けてきた。都市景観を改善するとともに、多くの「雇用」を創出する、素晴らしい公共事業だと、私は言い続けてきた。しかるに日本政府は、ムダな公共事業「要らない道路」「要らない空港」「要らない橋」「要らない港」そして無数の「要らないハコモノ」そして、大惨事を惹き起こした「原発」ばかりを造り続けてきた。

はっきり言うが、これは世界に冠たる「恥」以外の何物でもない。東京は、都市景観の悪さでは、アジア一と言って過言ではないだろう。例えばネトウヨの諸君は、アジアの国々を馬鹿にするのではなく、彼らに「追いつく」ことも目指してみては如何なものであろうか?



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2013年11月20日

オーストラリア人も呆れる日本の電線地獄

Spaghetti Cables in Japan!


オーストラリア人にすらバカにされてますね。日本の電信柱(笑)。

 



今は亡き「朝日ニュースター」で、こんな番組があったんですね。日本の現状をよく伝えている番組だと思います。最初の武田鉄矢のダベリは飛ばして御覧ください。




posted by takashi at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 電信柱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

マスゾエ知事と電信柱

マスゾエ東京都知事が、東京オリンピックまでに東京の「電線」をすべて「地中化」するぞ、と言い始めた。そこで言わせてもらう。

「絶対に無理でございマスゾエ!」

日本の都市の景観にとって、電線・電信柱が「癌」であると、私は言い続けてきたし、これからも言い続けるだろう。ことほどさように電信柱は「醜く・恥ずかしく・愚かしい」物体である。世界中で日本ほど電線や電信柱が我が物顔で蔓延っている国はないであろう。是非ともこの日本から無くしてほしいもののベストスリーに入るものであることは確かだ。更に私は過去に「電線の地中化」は、雇用を創出し、経済を活性化させることが期待できる「最後の公共事業」であると主張してきた。

そのように主張してきたにも拘らず、私はこう言いたい。「絶対に無理でございマスゾエ!」と。

何故無理なのだろう?過去の日本が行なってきた愚かで無計画な地中開発行政に、その原因はある。現在日本中の都市の地中には、一体何が潜んでいるだろうか?水道管とガス管と下水道である。この3つの邪魔者の存在をを抜きには、電線・電話線の地中化は考えることは無理である。つまり本来この3者に、電線・電話線を含めた本格的「共同溝」を作ることが理想なのであるが、現実問題としてそれは実現不可能だ。日本の都会では前3者の網の目が、ほとんど無秩序に、縦横無尽に張り巡らされている。そして共同溝の設置工事においては、これらのライフラインの機能を一時的に止めなくてはならない。それは可能であろうか?否である。故に、共同溝による電線地中化が無理であろうことは誰の目にも明らかである。

そこで次善の方策として電線・電話線のみの「電線共同溝(いわゆるCCボックス)」になるわけだが、その工事をするためにも道路や歩道を「閉鎖」して「通行止め」にする必要がある。東京中で「通行止め」が行われたら、その間東京の経済や市民生活はどうなるであろうか?はっきり言おう。もう遅いのである。2020年の東京オリンピックまでに「全東京の電線を地中化」するのは「夢」に過ぎないのである。故に私は断言したいと思う。「マスゾエさん、それは無理ですよ」と。尤も、マスゾエ自身どこまで本気で言っているのかも怪しいのであるが。

電線地中化は、もっと何十年も早く始めるべきであった。日本がもっと豊かな国であったうちにである。そしてもっと長い目で行なわれなければならない工事であった。おそらく今後100年は掛かる事業であるはずだ。無理に急いだ場合はどうなるか?商店街や商業施設からは間違いなくクレームが出る。何故なら工事期間中、店の前の歩道が通行止めになるからだ。商売は上がったりになる。東京中が一斉に道路工事を始めたらどうなるか、考えれば分かりそうなものである。

はっきり言ってマスゾエは考えが甘い。東京オリンピックまでにはもう6年も無いのだ。いくら努力をしてみたところで地中化はせいぜいオリンピックの会場周辺や、選手村周辺、それに繁華街のほんの一部程度に終わることは目に見えている。横丁や裏通りは相変わらず電線・電柱林立のままであろう。マスゾエの「大風呂敷」はおそらくその程度で終わるに違いない。しかし「電線地中化」を嘘でもいいから言い始めたということだけは評価しても良いだろう。欧米かぶれと言われようが何しようが、マスゾエ知事には頑張ってもらいたいものだ。「国際都市」に電信柱が似つかわしくないものであることを都民にもっと知らせてほしいものだ。




posted by takashi at 18:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 電信柱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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