日本語の特徴は「音節が多い(やまとことば・漢語・外来語を問わず)」ということだ。世界中でも稀な言語ではないかと思う。韓国語は日本語に近いといわれるが、どうなのだろう?分かる人がいたら教えて欲しい。音節とはこういうことだ。日本語は基本的に「子音+母音」ないし「母音のみ」で一音節となる。そして「母音」「子音」の種類が、多言語に比べて少ない。そのため、概念を言語化するために多くの「音節」を必要とする、と考えられる。
Thank you ・・・2音節
ありがとう・・・5音節
unfinished ・・・2音節
未完成な・・・6音節
mcdonalds ・・・1音節
マクドナルド・・・6音節
英語やドイツ語などのヨーロッパ言語は、一般に「子音」「母音」共、日本語に比べて種類が多い。中国語は「4声」というものがあり、母音の数は単純に考えても日本語の4倍にもなる。さらに、中国語は漢字のみであるため、文字数も節約できる。中国語は、音節も文字数も、世界で最も少ない言語のひとつであろう。余談になるが、文字数が少ないということは、ツィッターにおいて中国語が最も「有利」な言語であることを意味する。欧米語は文字数が多いのでツィッター向きではない。欧米でむしろ、フェイスブックが盛んであるのは、この理由からだと言われている。日本語は、中国語ほどではないにせよ、ツィッターでは有利だ。「主語の省略」や「言外の言」が使えるからだ。このへんのことについては、以前も下記のエントリーで取り上げている。
http://takashichan.seesaa.net/article/272314116.html
さて日本語の「音節」であるが、先ほど「音節」がやたらに多いと書いたが、実際には事情はちょっと違ってくる。例えば「ありがとう」は5音節だと書いたが、実際には「り」と「とう」の2音節なのである。「未完成な」については「かん」と「せいな」の2音節として、あるいはほとんど「かん」1音節と言っても良い。「み」と「せいな」は、極めて短時間に、ほとんど「子音のみ」のように「読み流されている」のが分かるはずだ。「マクドナルド」も「マクド」の部分は短時間に発音され、実際には「ナルド」が一音節のように読まれる。外国人で、日本語を知らない欧米人がローマ字の原稿を読んだ場合のようには、我々「日本語のネイティブスピーカー」は、けっして話していない。
にも拘らず、日本語には音節が多いために、やはり不便なのだなと感じられる時がある。例えば同時通訳を聴いた時に、通訳者が非常に「早口」であることだ。やはり「単位時間内」で、同じ内容を話すのに日本語は多言語より時間がかかるということがよく分かる。先ほど中国語がツィッターで「有利」と書いたが、実はこれは「話す」際でも同じで、中国語は、同じ内容の文章を話すのに、日本語の半分の時間しか要しない。これは中国人の「同時通訳者」の通訳を聞くとよく分かる。
上でもちょっと述べたが、この日本語の「欠点」を補うために生まれたものがある。尤もこれは私の「仮説」に過ぎないものだが。つまりそれが「主語の省略」「言外の言」「以心伝心」「おもんぱかり」「阿吽の呼吸」といったものだ。要するに、日本語はやたらと「省略」が効くのだ。日本人の言語構造ひいては精神構造には、このように「日本語」の特徴からくるものが多いように思われるのだが、如何だろうか。
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5w1Hで事実と事実関係をを証明(言葉で筋道を立てて詳細に説明)する。と、いうこととは、無縁の世界で生きているのが、一般の日本人の姿だと思います。
国語学者、大野晋氏の説によりますと、日本語の主語と言われている「お前」「君」「貴方」「僕」「私」「彼」などは、対象と自分との遠近、もしくは上下の「関係」を表す概念で、欧米語で言うところの動作の主体としての主語というものは、日本語には存在しないそうです。だから、責任の所在(動作の主体者は誰か?)を曖昧にしたまま過去の出来事を「水に流す」(無かったことにする。)のでしょう。
自分の印象こそが真実。と思い込んでいる日本人に、「ソースは?」と尋ねても、対話は成立しませんね。
我々日本人は、日本語でものを考えるしかないので、
一億総懺悔だの、自虐史観だの、橋下の言う「屈辱」だのという、主体意識の無い珍妙な意見は、決して人事ではない。と思います。
日本人の私がネイティブの速度の中国語はあまりに早くて全く聞きとれない理由がわかりました。
中国人の頭の回転が異様に早いという話もそれが理由なのかもしれませんね。
日本人は外国語を習得するのが遅くて、中国人は早いという俗説もそれで説得力を持ちます。
不躾でありますが、純粋に言語学的な見地から、いくつかコメントさせて戴きたく思います。
例えば日本語の「ありがとう」ですが、これは5音節ではなく、4音節と見なすのが現代日本語学の主流です(実は諸説あるのですが)。「とう」(短音節+のばす音)は長音節で、1音節なのです。
但し、「ありがとう」は(5音節でなく)5拍である、と言うことはできます。
「音節の多い言語」は、実はそれほど珍しい訳ではありません。ヨーロッパ語でもフランス語やイタリア語のような音節の豊富な言語がありますし、ヨ ーロッパ諸語の中では系統的に孤立した存在であるフィンランド語も一般に母音優位かつ多音節型の音節構造を持っています。ヨーロッパの近辺ではトルコ語などが挙げられましょう。
太平洋の島々の言語(ハワイ語など)は一般に、日本語によく似た単純な多音節型の音節構造を持ち、日本語との系統関係が噂されることもあります。
日本語に音節が多いように感じられるのは、比較対象が英語だからです。
日本語特殊論は屡々聞かれますが、日本語の特徴とされる主語の省略、動詞を最後におく語順、助詞(後置詞)、敬語、母音優位かつ単純な音節構造、すべて他の言語でも稀ではない特徴です。たとえば主語の省略ですが、これはお隣の言語である韓国語はもとより、地理的・系統的に遠く離れたイタリア語でも一般的です。英語やフランス語のように主語を形式的に必要とする言語は、世界では少数です。
結局、日本語は実はそれほど特殊な言語ではないし、また日本語における主語の省略と以心伝心とか言外の言とかは、恐らくあまり関係ないのではないか、と思われます。いかなる言語であれ、省略できるものは省略するのが普通です。
>これは、物事を大雑把にとらえて、印象だけで判断する。と、いうことですね。
まあそういうことになりますが、やはり長年培われた(鎖国により)日本の文化と解釈していいんじゃないでしょうか?それが、20世紀になり、世界の標準と齟齬を起こし始めた、通用しなくなったということでしょう。
>欧米語で言うところの動作の主体としての主語というものは、日本語には存在しないそうです。
本多氏が「日本語の作文技術」の中でそのように述べていますね。「It's rainy today.」の「It」は、英語が上げる「断末魔の声」だとも。
ただ、本多氏もおっしゃっていますが、日本語は決して「非論理的」な言語ではない。日本語でいくらでも「論理的な文章」は書ける。そもそも世界中に「非論理的な言語」などありはしない。「非論理的」に感じられるのは、それを書いた本人が「非論理的」なのだと。これは万国共通だと思います。
「中国人の頭の回転が異様に早い」のは個人的差異があるので一般化はできません。しかし、中国語の場合、文章が短いので、言わんとする結論が即座に伝達可能であり、判断できる、という利点は確かにあると思います。
日本語のように「述部」が最後にあって「修飾語」が頭にくる語順だと、聞いていていらいらすることがありますよね。いったい結局何が言いたいんだ、というような。そういう日本語がいたるところで見られます。特に「国会」と呼ばれる場所で、その傾向が甚だしいと思います。
中国語にも欠点はあります。以下で述べました。
http://takashichan.seesaa.net/article/149630441.html
専門家の方に読まれるとボロが出ますね(笑)。「たかしズム」は単なるエッセイですので、ご容赦ください。
>日本語に音節が多いように感じられるのは、比較対象が英語だからです。
>主語の省略、動詞を最後におく語順、助詞(後置詞)、敬語、母音優位かつ単純な音節構造、すべて他の言語でも稀ではない特徴です。
そうですか。そう言えば、本多さんもそのようなことをおっしゃっていたような気がします。
「とう」は二重母音ですので、確かに1音節と見ることが可能ですね。それにしても「ありがとう」は、私には4音節でなく2音節に聞こえますが、言語学界の常識ならば、敢えて逆らうことは止しましょう(笑)。
これからも、色々とご教示いただければ幸いです。
>mcdonalds ・・・1音節
英語話者です。
僭越ながら訂正させていただくと
unfinished ・・・3音節
mcdonalds ・・・3音節
でございます。失礼いたしました。
お返事ありがとうございます。突然押し掛けたにしては、不躾なコメントだったのではないだろうか、と自省しております。どうぞご容赦下さいませ。
>「ありがとう」は、私には4音節でなく2音節に聞こえますが、
おそらく、音節よりもう少し大きな単位を知覚しておられるのかな、と思います。これは諸説あり難しい問題なので、あまり詳しく立ち入りませんけれど。
「ありがとう」が理論上4音節(5拍)であることは、現代日本語学の常識としては間違いありません。
私には言語学の知識はあっても、貴方がお持ちのような知識はありません。こちらこそ、これからも色々とご教示戴きたく思います。