皆さんは、ジョン・カーペンターのSF映画「ゼイ・リブ」をご覧になったことがあるだろうか?アメリカのある街が、すでにエイリアンにより支配されている。一部の人々はそれを知っていて、エイリアンの正体を見抜くためのサングラスを開発している。ひょんなことからそのメガネを手に入れた主人公は、そのサングラスをかけて街へ出る。すると、街を歩いている人間の半分近くが、ガイコツのような顔をしたエイリアンなのだ。このブラックユーモアに溢れたホラー映画は、こちらで見ることができる。
http://www.youtube.com/watch?v=X9j0EJB5GAs
安田浩一氏が「ネットと愛国」の中で、再三述べていること。彼ら(ネット右翼)が、日常においては我々一般人と何も変わらない「外見」であること。そのことに対する「驚き」「恐怖」というのは、例えばこの映画のようなものなのではないかと思うのである。個人的に話をすれば「好青年」であったり「今時の女の子」「普通のおじさん」だったりする人々が「在特会」という「身分」で街宣行動を行なうとき、突如として「豹変」し、レイシストの本性をさらけ出す。このような恐るべき光景に安田浩一氏は、ショックを受けたのに違いない。
安田浩一氏「ネットと愛国」が面白いのは、緻密な分析・解説の秀逸さと並んで、その「突撃取材」姿勢にあると言えよう。「在特会」会長の桜井誠も、最初は安田氏には「無警戒」であった。いや、むしろ自分の活動を「宣伝」してくれる人物として、安田氏を「利用」しようと考えていたフシさえある。だから彼は、会員たちへの取材に対しても、当初は妨害することもなく放任していたようである。
しかし取材の途中から、そうではなくなっていく。その意味で、安田氏の取材は、ちょっと失敗だったのではないかと、私は考えたりもする。ご本人がそう考えているかどうか、確認をとったわけではないが、取材の途中で本書以外の文章を発表することなく、最後まで桜井誠を欺き「信用」を保つことが出来ていれば、彼はもっと多くの会員にインタビューをすることが出来たはずだからだ。実際には途中から桜井は、安田氏に対し警戒心を抱き始め、最後には激怒して「出入り禁止」、会員への「インタビュー拒否の廻状」まで出されてしまうことになる。
しかし、そのような桜井の「態度の変化」も、このルポルタージュの「面白み」でもあるわけで、結果としてこのルポルタージュは、各種の「賞」をもらった上で、ベストセラーになったのだから「結果良ければ全て良し」ということなのかも知れない。
ルポルタージュの方法論として、数十年前から存在するものに「潜入取材」というのがある。例としては、原発作業員として福島第一原発に入った「ヤクザと原発」の鈴木智彦氏が記憶に新しいが、古くは、やはり原発作業の実態を告発した「原発ジプシー」の堀江邦夫氏、トヨタの期間工として、その「非人間的な労働」と「全近代的な労働環境」を取材した「自動車絶望工場」の鎌田慧氏などがいる。以前にも書いたことがあるが、この手法のむずかしいところは、これが「一回きり」の取材方法だということだ。面が割れてしまったあとは、この方法は使えなくなる。鎌田氏は、この作品以降も、別の会社に対して同じ取材方法を行なっているが「自動車絶望工場」に見られるインパクトはもう無くなっているし、期間も短くなっている。だが、この取材方法は、当時「新鮮」であり、衝撃的であった。その作品は鎌田氏を有名にしたし、ご本人が今ではルポ作家の「重鎮」となられたことは、皆さんもよくご存知であろう。
さて、話を安田浩一氏に戻すが、彼の今後の取材方法として考えられて、面白いものが期待できるのは「在特会」からの「生還者」へのインタビューのたぐいではないかと思う。現在会員として活動している人物への取材は、上に述べた如く困難であるし、そのこと以前に幹部が次々と刑事訴追されることになった以上「在特会」は今や「風前の灯」である。すでに「見切り」を付けた会員も多いことだろう。そういった「元会員」からは、まだまだ面白い話が聞けそうではある。多分、安田氏もそのへんのところを、次回の著作では狙っているのではないだろうか?