2012年09月27日

リュート、ギターによる通奏低音の昨今

昨今の古楽オーケストラは、リュート、テオルボ、ギターを伴奏楽器として多用するようになってきた。現在、恐竜(主にラプトル類)が、鳥類の直接の先祖であることは、生物・考古学上の常識となっているが、それと同様の「常識」として、これらの楽器が通奏低音に使われるようになってきた。考えてみると古楽復活の黎明期においては、通奏低音楽器といえばチェンバロ一辺倒だった。イ・ムジチ、パイヤール、リヒター、レーデル・・・皆そうだ。無理もない。当時はリュート奏者そのものがほとんどいなかったから。また、良好な状態で残された楽器が少なく、レプリカ製作家も大変に少なかった。

と同時に当時は、何かリュートという楽器が、門外不出の特別なもので「秘密結社」のような人々が「密技」のように伝承させていた、というような、間違った認識すら流布されていた。その最大の原因は「タブラチュア」という楽譜にあった。これは、主に独奏曲のような「出来上がった」楽曲(即興ではないという意味)に於いて、左手の「運指」を紙に書き記した楽譜である。楽器の調弦に関係なく、即座に音に「変換」出来る、極めて「合理的」で「重宝」な楽譜(記譜法)なのだが、普通の五線譜を見慣れた者にとっては、何か特別な「呪文」のように見えたのは確かである。そんなわけで、他の楽器に比べてリュートの復興というのは、遅々として進まなかったのである。

だから当時のオーケストラではチェンバロ奏者が、数字付低音をパッセージだらけでじゃらじゃらと、それも「モダンチェンバロ」で弾く「似非通奏低音」だけが横行していたものだ。レオンハルトやアルノンクールの時代になると、さすがに「モダンチェンバロでパッセージじゃらじゃら」は無くなったものの、チェンバロ偏重の事情はさほど変わりはなかった。それが今ではどうか?イル・ジャルディーノ・アルモニコのように、スター級のリュート奏者を抱えるバロックオーケストラも珍しくない。私の記憶では、ヴィヴァルディの「四季」に、はじめてリュートやギターを用いたのは、クリストファー・ホグウッドではなかったかと思う。



しかし、考えてみると、当時(18世紀のことであるが)は、チェンバロよりもリュートが伴奏楽器としては主流だったはずである。価格や機動性の面から考えると、楽器の数においても演奏者の数においても、リュート族の楽器は鍵盤楽器を凌いでいたと思われる。また、その両方を演奏する者も多数いたに違いない。

従来、一般にリュートの音は小さいと思われがちだったが、最近の評価では決してそうではない。そのような評価は、古楽黎明期において、楽器や演奏者、またその「奏法」に問題があったことが原因ではないかと思われる。昨今は優秀なリュート奏者が輩出しており、演奏法も発達してきたため、彼らがごく普通にバロックオーケストラの中で通奏低音パートを受け持つことが多くなった。中には複数のリュート奏者を使うオーケストラ指揮者もいるほどである。確かにチェンバロのように鳥の羽が弾く金属弦に比べ、リュートのアタックは柔らかい。しかしその一方で、通奏低音においてはテオルボは、チェンバロの1オクターブ下の音を、かなりの音量で演奏できる。また、リュート奏者は「アルペジオ」を多用して、オーケストラの中に埋没するのを回避する術も心得ている。また、ギターにおいては「ラスゲアド奏法」(逆爪弾き)によって強いアタックを得ることが出来る。また、殊に歌の伴奏のような繊細な演奏においては、チェンバロに出来ない「強弱」が可能であるのも強みである。そのようなわけで、フランスのエール・ド・クール(宮廷歌曲)において、リュート、テオルボは好んで使用された。ベルサイユ宮殿には、リュートの名手、ロベール・ド・ヴィゼーらがいた。





最後にイル・ジャルディーノ・アルモニコによるヴィヴァルディのリュートコンチェルトから。

posted by takashi at 16:34 | Comment(16) | TrackBack(0) | 映画・文学・音楽など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【金李朴】

たかしさんは、西欧音楽にもお詳しいですね。過去の記事をチェックしてみると、バロック以前の話題が多いようです。

私は楽器の演奏はおろか、音符一つさえ読めない人間ですが、いわゆるクラシック音楽を愛聴しています。携帯するウォークマンの中身は交響曲や協奏曲で一杯です。ベートーヴェンからショスタコーヴィチくらいまでが守備範囲です。

様々な種類の芸術があります。その中でも、音楽というものは本当に素晴らしいと思います。どこの国の人が作曲したものであろうが、如何なる思想の持ち主が奏でるものであろうが、価値の高い音楽であれば、素直に耳にするだけで、その良さを理解できます。極言すれば、ナチス政権下におけるフルトヴェングラーの演奏でさえ、良いものは良いのです。社会主義リアリズムの圧力下で作曲されたショスタコーヴィチの交響曲ではあっても、純粋音楽のもつ抽象性ゆえに、その価値は普遍です。

一方、文学は容易ではありません。私のような浅学の輩がドストエフスキーに触れようとすれば、その日本語訳を手にするしかありません。訳本には翻訳者によるバイアスがかかっています。当然のことながら、原作者の文体も完全に失われています。結局、ドストエフスキーの真髄を味わうことは、私には不可能かも知れません。思い余って、大学の教養課程では、ロシア語を第二外国語としました。米川正夫の息子が教師でした。ものにできなかったことは言うまでもありません。それでもなお、私はドストエフスキーを愛好してはいますが。

私は音楽を芸術の最上位に置いています。君が代だって、音楽自体には罪はないでしょう。勿論、軍艦マーチに至っては、最早いただけませんがね。

以上、記事とはあまり関連性はありませんが、取るに足らない雑感を述べてみました。
Posted by 金李朴 at 2012年09月27日 18:41
【たかし】

金李朴さん、しばらくです。

>過去の記事をチェックしてみると、バロック以前の話題が多いようです。

おっしゃるとおり、私はバロック以前の音楽が大好きです。理由は、音楽が純粋に「音楽」だったのはこの時代までではなかったかと、私自身思うからです。ロマン派以降の西洋音楽には、音楽以外の要素「文学」「哲学」「思想」があまりに多く入り込んでいるため、私には重苦しく感じるのです。ベートーベンを見てもらうとよくわかると思います。まずベートーベンの「精神性」を理解しなくてはベートーベンを聴いてはならないかのような風潮が、世の中にはけっこうありますね。そのような風潮というものが、バロックにはありません。バッハにすら無いのです。ロマン派では、ショパンが、その意味ではバロック的ではないかと思います。したがって私はベートーベンよりショパンが好きです。皆川達夫という音楽学者は「音楽が最も音楽らしかった時代がバロック時代」であると言っておられましたが、全く言い得て妙だと思ったものです。


>純粋音楽のもつ抽象性ゆえに、その価値は普遍です。

これはよく言われることですが、注意すべきはこれが、純粋な器楽音楽にのみ当てはまるということです。「歌詞」が付けられた途端に、音楽は「抽象性」を失います。「思想性」を帯びてくる可能性があるのです。ヒトラーが、ワーグナーの音楽を好んだのは、その意味でワーグナーの楽劇の「台本」の中に、彼なりの「思想性」を見出したからにほかなりません。その思想性はしたがって「純音楽」であるはずの、前奏曲や間奏曲にも流れていると、彼(ヒトラー)によって見做されたことになります。もちろん、ワーグナー自身が、自分の楽曲が自分の死後、ナチスのプロパガンダに使われるだろうなどということは、思ってもいなかったはずですから、ワーグナーに責任があろうはずはありませんが。

このへんの議論は、大変にややこしい問題を含んでいます。「君が代」に罪はあるのか?というような問題です。「日の丸」は、血にまみれています。ナチスのハーケンクロイツも血にまみれています。ドイツはハーケンクロイツを捨てましたが、日本は同じ「血にまみれた旗」を、戦後も「国旗」と称して使用しています。現在のドイツ国歌は、ナチス時代にも用いられましたが、歌詞は違っています。そもそも原曲は、ハイドンによる歌詞のない「弦楽四重奏曲」でした。

私は、第二次大戦が終わった時点で、日本は「日の丸」「君が代」「天皇制」を、捨てるべきだったと思っています。しかし、残念ながら現実はそうはなりませんでした。この三つを残したおかげで、日本は、それ以外の悪い過去をも引きずる結果になったのではないでしょうか?ドイツが戦後行なった「反省」を、日本は曖昧にしてしまいましたが、その遠因はこのことにあるのではないかと思っています。

アメリカの星条旗は、日の丸以上に血にまみれた旗ですが、アメリカ人は何ら問題視していません。思うに星条旗には「負」の歴史以上に「正」の歴史が大きいからでしょう。アメリカ人が手にした「民主主義(すべてが正しいものだとは思いませんが)」は、ベトナムやイラクで犯した「罪」よりも「栄光」に満ちていると、アメリカ人は考えているのでしょう。日の丸とはそこが違うと思います。

文学についてですが、これは言語に深く結びついている芸術です。翻訳という行為が介在する以上、普遍的なものではありえないと思います。したがって私は「ノーベル文学賞」の半分は「ノーベル翻訳賞」にすべきだと、主張して参りました。

http://takashichan.seesaa.net/article/107790078.html#comment
Posted by たかし at 2012年09月27日 20:09
【たかし】

ついでですが、現代音楽について思うことを少し。

シェーンベルクの音楽は、音楽と言うよりは「数学」です。十二音音楽というものを聴いていて、私は感情的な刺激を感じることはありません。これを聴いていて惹起されるのは、音楽の本来が持つ「喜び」「悲しみ」といった感情的なものでは一切無く、常にそれは「狂気」「恐怖」「抑鬱」「孤独」といった、アブノーマルな精神状態です。映画音楽でもそのような「ホラー場面」にのみ、現代音楽が用いられるようです。現在、少なくとも日常において、これらの音楽はほとんど顧みられなくなりました。遠い将来には、おそらく消えて無くなるのではないかと思っています。世は移り変わっても、ポピュラー音楽もジャズも、演歌も歌謡曲も「調性」を失うことはありませんでした。調性音楽こそが、人間の喜怒哀楽を表現できるからに他ならぬからでしょう。

http://www.youtube.com/embed/KOMtdLreqsM


バッハの音楽、これは実はシェーンベルク以上に「数学的」なのですが、我々はそれを聴いて「数学」を感じることはありません。隠されているからです。数字が音楽の中に埋没している。音楽の邪魔をしていない。そこが「現代音楽」とバッハの違いです。如何にバッハが偉大であるかが分かるでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=BYfKWyeichE&feature=relmfu
http://www.youtube.com/watch?v=8nIqjXh1xgE&feature=relmfu
Posted by たかし at 2012年09月27日 20:47
【金李朴】

たかしさん。ご返信ありがとうございます。

>「歌詞」が付けられた途端に、音楽は「抽象性」を失います。「思想性」を帯びてくる可能性があるのです。

この点は同意いたします。したがって、私は歌曲やオペラはほとんど聞きません。ベートーヴェンの第9は大好きな曲ではありますが、「合唱なし」として作曲されれば、さらに素晴らしい曲になったのではないかなどと、ときに妄想します。マーラーやショスタコーヴィッチにも合唱付の交響曲が複数ありますが、それらは何となく避けて通っています。まあ、私はドイツ語もロシア語も聞き取れないので、歌詞でさえ「音」として聞いている訳ですが、それはそれで危険ですなあ。ヒトラーの演説なんかは、「音」としてはむしろ惚れ惚れしますので。

私はスケベ心が強いので、お気に入りはやはりロマン派ですねえ。
Posted by 金李朴 at 2012年09月27日 21:17
【金李朴】

>ついでですが、現代音楽について思うことを少し。

私も無調の音楽は苦手ですね。極端な場合、音楽というよりも、何かを暗示する信号音のようで、素直に楽しめません。私のウォークマンにはシェーンベルクが1曲だけ入っています。しかし、これはまだ後期ロマン派の影響が強く残っていた時代の曲です。
最近聞き始めたメシアンなんかは、現代音楽ではあっても、メロディーの片鱗があり、なかなか良いと思います。

西洋音楽史上、最高の作曲家は誰か? こういう議論をすると、大概は最後にバッハとベートーヴェンが残ります。私は怜悧なバッハよりも、熱いベートーヴェンの方が好きだなあ。私がバッハを「怜悧」と感じる部分が、たかしさんの仰る「数学」に相当するのかも知れませんね。バッハは社会人としても大変に常識的な人物であったそうです。欠点が無さ過ぎて、近寄り難い感じです。

蛇足ですが、雅楽の新作というものは、今時作曲されているのかなあ。雅楽を聞く機会はほとんどありませんが、あの響きには強く魅かれます。東アジア人の血でしょうか(笑)。
Posted by 金李朴 at 2012年09月27日 22:14
【パブロン中毒】

Dear Mr.makoto

Please don’t take this hostile, ’cause I only have to make sure about one particular thing.
It’s about a message which has sent me at 09月26日 17:38.
I just want to make it clear if you sent me that or not.
I can’t make it sure by myself because it is not allowed to be read by Ameba,reasoned by inclusion of forbidden words.
I can’t even have its URL.
So if you would show any pitty on me,please let me know if it’s yours or not.

                                                     Sincerely  
Posted by パブロン中毒 at 2012年09月27日 23:34
【たかし】

金李朴さん、

無調の音楽と言えば、思い出すのがテレビ番組の「コンバット」ですね。現代音楽風のバックが、戦闘シーンでは効果的に用いられていました。まさに、戦争の「狂気」「恐怖」「異常さ」といったものを強調するのに「現代音楽」が、大いに役立つことの証左ではないかと思います。この番組は、ヒユーマンなシーンもあり、そういった場面では普通に「調性」を持った曲が流れていたものです。このことひとつ取ってみても「現代音楽」の守備範囲というのは、おのずから限られていると見るべきでしょう。

ここで、逸話をひとつ。アメリカの作曲家レナード・バーンスタインが、ある高名な「現代音楽作曲家」の誕生日に呼ばれました。その作曲家は、いわゆる十二音の大家で「反行」「転回」などの技法を駆使することで有名だったようです。バーンスタインは、その彼に「敬意」を表し、ピアノで「ハッピーバースデイ」を、後ろから弾いたのだそうです。ところが、その高名な作曲家は、いったいバーンスタインが「何をしたのか」最後までわからなかったのだそうです(笑)。

これは、バーンスタインの「自伝」に書かれた逸話ですが、残念ながらその高名な「現代音楽作曲家」の名前は、明らかにはされていません。如何にも「現代音楽」が、音楽からは遠い、どうでも良い「技巧」のみのシロモノであるのかを、象徴的に現した、面白い話だと思っています。
Posted by たかし at 2012年09月28日 00:29
【たかし】

昨晩の続編です(笑)。

今回「Combat」でYouTubeを検索してみたら、ほとんどのエピソードがアップされていました。私が強く印象に残っているエピソードとしては、サンダースが一人で敵の戦車と闘い、最後に破壊するという話や、ヘンリー少尉がいる建物に敵の飛行機が爆弾を落とすが、それが不発弾で、いつ爆発するかわからない、一方ヘンリーはがれきの下敷きになって逃げることが出来ない、というのがありました。

他にもヒューマンなふれあいをテーマにしたものがあったり、毎回脚本家が違うということもあり、独特のドラマが展開されていくのが楽しみでした。主人公も毎回替わり、小隊の中のケリーやカービー、また配属されてくる新兵が主人公になることもありました。

エピソードのうち、サンダースが作戦指揮する話が3に対し、ヘンリーだけが出てサンダースが登場しない話が1ぐらいあったと思います。残りは両者が同時に出る話です。

サンダース軍曹を演じたビック・モローですが、晩年の作品に「トワイライトゾーン」という、大変怖い映画がありました。

ある酒場で二人の男が飲んでいる。そこへビック・モロー演じるレイシストの男が遅れてやってくる。入ってくるやいなや男は、会社でユダヤ人に昇進の機会を奪われただの、ジャップの銀行が吝いだのの悪口を大声でわめき始める。終いには隣りで飲んでいる黒人のグループに絡み、友人に止められる。すっかり興奮した男は、怒って店を飛び出してしまう。ところが店のドアを開けて一歩出た外の世界は・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=T5tItxKucwQ

このトワイライトゾーンの続編でビック・モローは撮影中に事故死してしまいますが、私の最も好きな俳優だっただけに、誠に残念に思ったものです。
Posted by たかし at 2012年09月28日 09:45
【たかし】

またまた続編です(笑)。

ネットで調べていたら、ビック・モローの死は、当該作品の撮影中だったのですね。主人公が「改心」して、ベトナム人の二人の少年の命を救う、というシーンだったようです。実際の封切りでは、このシーンはもちろん無く、ビック・モローが、家畜列車で「収容所」に送られるシーンで終わっておりました。

それにしても、こんな危険なシーンは、現在では間違いなくCGで撮られていたはずです。オートローテーションのため、乗員は助かったとのことですが、その「回転翼」が仇になったようです。

ビック・モローと二人の少年のご冥福を祈ります。
Posted by たかし at 2012年09月29日 15:43
【パブロン中毒】

ふーくんさんがブログを開設されました。
http://ameblo.jp/epikutetosu/
デザインがめっさ可愛いんです♪
Posted by パブロン中毒 at 2012年09月29日 15:44
makotoさん、またの名を他力本願さん、

是非パブロン中毒さんにご返事をさし上げてください。よろしくお願いを申し上げます。たかし
Posted by たかし at 2012年09月29日 15:51
ふーくんさん、

ブログ拝見いたしました。可愛いですが、ずいぶんと「お固い」内容ですね(笑)。今後はもっと「柔らかい」エントリーも登場するのでしょうね、楽しみにいたしております。「たかしズム」のリンクに加えておきますので、よろしければそちらからもリンクをお願いします。たかし
Posted by たかし at 2012年09月29日 15:56
たかしさん

コメントありがとうございます。

私としましてもまだまだ初心者なものでちょっと衒学者ぶった内容になってしまいましたが、学術系は別としてこれからは硬軟合わせた幅広い内容を目指していこうかなと思いますので、僭越ながらどうぞ宜しくお願い致します。

それとリンクの方、ありがとうございます♪
さっそくこちらも加えようと思います。

Posted by ふーくん at 2012年09月30日 09:41
最近ツイッターをお休みしている、勉強不足の音楽屋です。たかしさんこんにちは!初書き込みです。
テオルボにかなり驚きました。低音域の弦を最初に見たときに、シタールやサロードにあるような共鳴弦かな?と思ったのですが、まさか弾くとは。
これは素晴らしい楽器ですね。これだけ音域があって、アーティキュレーションも豊かで。これと比較したらチェンバロのなんと不便なことか(好きですけど)。応用範囲が広くとても可能性のある楽器に見えますが、一体なぜ廃れてしまっていたのでしょうか!?とても不思議です。

古楽は好きでとても興味があるのですが、勉強不足ゆえに全然詳しくありません。あまりに深そうに見えるので、積極的にハマることに躊躇してしまっています。買ったけど読んでいない本もたくさんある有様で・・・。

ところで、私はシェーンベルクやその弟子のヴェーベルンは結構好きでして、演奏もしてきました。ヴェーベルンは録音もしましたね。ヴァイオリンとのデュオで。
一度あの世界を「美しい」と感じてしまうと、氷のような、でも異常にエクスタティックな、という奇妙な聴体験の虜になります。
かなりの少数派なんでしょうけど(笑)



金李朴さん、

日本のいわゆる現代音楽の作曲家がいくつか新作の雅楽作品を書いています。武満徹の秋庭歌一具、黛敏郎の昭和天平楽などが有名です。
三宅榛名さんも書いているらしく、ファンとしてはこれは是非とも聴いてみたい!と思うのですが、演奏の機会はほとんどないでしょう。
Posted by KND416 at 2012年09月30日 18:38
【たかし】

KND416さん、お書き込みありがとうございます。

バロック時代の「理論書」や「教則本」を読んでいると「良い趣味(True Taste)」という言葉がよく使われています。これは広い意味を含んだ言葉ですが、それぞれの著者の言っていることを、総合的に表すと「人の心に訴える表現」「様式に沿った正しい装飾法」を指します。つまり、フランスの曲はフランスの装飾法で、イタリアの曲はイタリアの、といったことです。大変に具体的ですね。この「具体的」なところが、私は大変気に入っています。

現代音楽に対する私の評価は、ある意味偏見ですから、あまり気になさらないでください(笑)。KND416のおっしゃる「氷のような、でも異常にエクスタティックな」という部分が、私には「狂気」「恐怖」「抑鬱」「孤独」に聞こえるという、言ってみれば感性の違いなのかも知れません。

でも、不思議なことですが、無性に現代音楽を聴きたくなることもあります。シェーンベルクの「木管五重奏曲」は好きですね。インターネットで無料楽譜がアップされていないか探したのですが、まだ著作権が切れていないのか、見つけられませんでした。若い頃は高橋悠治のジェフスキーを生で聴きに行ったりもしました。色々聞いた挙句淘汰されたのが、今の私の「バロック好き」とも言えます。

今後共、コメントをいただけたら幸いです。
Posted by たかし at 2012年09月30日 23:02
【金李朴】

KND416さん

YouTube に武満徹の「秋庭歌」というのがアップされていたので、音質はあまり良くありませんが、聴いてみました。「秋庭歌一具」と同一曲でしょうか?

さしたる旋律もなく、まさに現代音楽ですが、ヴェーベルンを聴く時の感触とはまったく違います。何というか、音の響きが心臓に染み入ってきます。一言で言うと、「いい」。「すごくいい」。

ああ、我々の音楽!

私は音楽理論も何も分かりませんが、音楽の表現法として、雅楽を捨ててしまうのは、大変にもったいないと思います。日本、韓国、中国あたりが協力して、東アジアの伝統音楽を進化させて欲しいものです。
Posted by 金李朴 at 2012年10月01日 21:37
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