2012年05月27日

平均律への道

所謂バッハの「平均律クラヴィア曲集」に於ける「平均律」とは何であったか?バッハが曲集タイトルに用いた「Wohltemperierte Clavier(よく調律されたクラヴィア)」とは、本当に「平均律(equal temperament)」を意味したのだろうか?否である。この言葉の意味するところはおそらく「程良く遠隔調までも演奏できる」あるいは「ほんの少しの手直しで遠隔調も演奏できる」調律法のクラヴィア、と言う程度の意味であったろう。

さて「調律」と、一言で言うが、演奏のたびに調律が必要な楽器とは、ヴァイオリン、ハープ、ギターなどの弦楽器および、弦を張った鍵盤楽器である。管楽器は調律することができない。と言うより管楽器は、楽器製作の段階で調律が「済んでいる」楽器であり、演奏者が調律し直すということはまず無い。もちろん演奏者が製作者でもある場合にはその限りではないが。したがってこれから以降「調律」と言えば、敢えて断らない場合「鍵盤楽器」「弦楽器」のそれと考えていただきたい。

蛇足になるが、管楽器はできるだけ「平均律」に調律されていることが望ましい。楽器が平均律であって初めて「純正」なハーモニーを作ることができるからだ。しかし、バロック時代の古楽器を見てみると、やはりそうはいかない。例えばフルートはファが高く鳴りが悪い。それに対しファ#は低く良く鳴る。そのため演奏の際には唇の形や楽器の角度で調整をしていた。

調性音楽、それもハーモニーを伴う音楽がヨーロッパに現れたのは、ルネッサンス時代である。それまでは、基本的に単旋律の声楽器楽または、しばしばドローンを伴うオルガヌムによる声楽器楽曲が主体であった。4度5度の平行を主体とするこの形式では、純正ハーモニーが使われたはずである。その後ルネッサンス時代になって、ハーモニーの中に「3度」が現われ、徐々に音楽は調性(長調、短調)を備え始めるのだ。

そこで厄介な「調律」と言う問題が生じてくる。

「純正律」と言う言葉がある。これは実は机上の調律であって現実にはありえないものだ。この調律ではピタゴラスの5度と後述するミーントーンの長三度を組み合わせた、唸りのない三和音が得られる。しかし、この純正ハーモニーは、鍵盤楽器で用いることは絶対に不可能である。つまりハ長調のいくつかの和音から外には出られない調律だからだ。音程が固定的であるかぎり、その実現はありえない、という調律法なのだ。※19世紀の終わりに、この調律を実現するために「分割鍵盤」オルガンを考えた者がいたが、到底実用に堪えるものではなかった。

では純正(調律)が絶対に不可能なのかといえば、そうとも言えない。もちろん鍵盤楽器では不可能だ。実際にそれが可能なのは、声楽アンサンブル、弦楽アンサンブル、管楽アンサンブルなどの場合である。これらのアンサンブルでは上級者の場合、論理的には説明は絶対できないが、メロディの節目節目の、謂わば「かなめ」の三和音を「純正に」即座に合わせることが可能なのだ。ただし、それには各パートが、自分の楽器の「響き」や「癖」を完璧に把握していることが、その前提条件として必要となる。こうして作られた純正なハーモニーほど美しいものはない。ここで詳しく触れる余裕はないが「差音」(タルティーニ音)と呼ばれる物理現象により、純正な和音は意外と簡単に得られる。

ミーントーンの調律法が使われていたのは、初期バロックから中期バロック、一部後期バロックのはじめ頃までであった。作曲家で言えばフレスコバルディ、スウェーリンク、ルイ・クープラン、ダングルベール、シャンボニエールと言ったところか。この頃の楽曲は、シャープやフラットはあまり用いられていない。さらに遠隔調への転調というものもあまりない。その傾向はフランソワ・クープランまで続く。これらの作曲家の楽曲が、一番美しく響く調律法は、間違いなくミーントーンである。だがラモーに至ってミーントーンでは太刀打ちできない曲が現れる。そしてバッハの「平均律クラヴィア曲集」が登場する。

よく「バロック時代のリコーダーはミーントーンに調律されていた」などという話をまことしやかに言う人がいるが、これは嘘っぱちもいいところである。そもそもミーントーン(中全音律)とは、鍵盤楽器特有の調律法であって、しかも「常に適宜変更を要する」調律なのである。つまり、実際には、演奏する曲の調性に従って適宜長三度の音程をあちこち上げ下げしながら演奏されていたわけだ。

中全音律は、ハ長調のドからはじめて5度を4つ積み上げた時に、ミの音がドに対して純正(唸りがゼロ)になるように、4つの5度を狭く取っていくものである。そしてこれらの狭く調律されたド、ソ、レ、ラ、ミの上下の長三度を純正に合わせていく。「ソ♯」はミの音から純正に取られるが、♭系の曲の場合は、ドから下に純正に撮られる。これはすなわち「ソ♯」ではなく「ラ♭」なのである。こういう調律をされているミーントーンの鍵盤楽器では、不思議な響きがすることがある。

例えばハ長調のメヌエットで、第二メヌエットがハ短調であるような場合だ。第一メヌエットでは純正な響きが支配していたのに、第二メヌエットに入ると汚い長三度が目立つ。理由は「レ♯」と「ミ♭」や「ソ♯」と「ラ♭」などが、異名異音となるからだ。また、何かの拍子にミーントーンの中の究極の悪音程「ウルフの5度」が聞かれる場合がある。これは5度を狭く取ることによって生じた「しわ寄せ」の広い5度のことで、極めて不快な音程である。

我々がミーントーンに調律された鍵盤楽器の特徴を実感するのは「和音」よりもむしろ「メロディ」かも知れない。何故ならばミーントーンにおいては「半音が広い」のである。この広い半音にトリルが付けられた時に、何とも古めかしく優雅な気分になれる。

こういったミーントーンの矛盾と制約から逃れるために、当時色々な調律法が開発されていった。詳しくは別の機会に譲るが、そのような調律法としては、ドイツではヴェルクマイスターの調律法、キルンベルガーの第3調律法、イギリスではヤングの調律法、フランスではラモーの調律法、ルソーの調律法などが知られる。いずれも、考え方としては、どの調性も「程よく美しく」どの調性も「程よく汚く」響くように、ミーントーンのウルフ音程を適宜に振り分けていった、謂わば「濁り」を「希釈」していったものであった。そしてこの考え方が現代の「平均律(equal temperament)」につながっていくのである。バッハが用いた調律法も、おそらくこれらの中の一つであった可能性が高い。あるいはバッハ独自の調律法が存在したのかも知れない。だが、バッハは自分の調律法については何も文字に書き残していないので、バッハの言う「Wohltemperierte Clavier(よく調律されたクラヴィア)」がどのような調律法であったのかは、永遠の謎である。

前にバッハの生涯を描いた映画についてエントリーを書いたことがある。その中でフランスの音楽家ルイ・マルシャンが、バッハがチェンバロを調律する音を聞いて「この調律は何なんだ!こんな調律法を用いる音楽家とは闘いたくない」と言って、予定されていた「チェンバロ演奏対決」をほっぽり投げて帰ってしまう、というシーンがあった。マルシャンが逃げた後、ゆうゆうと一人で「幻想曲ハ短調」を演奏するバッハのシーンがそれに続く。

http://www.youtube.com/watch?v=-ML6RhUSOxw&feature=player_embedded 

なおリュートという楽器が、どのような調律だったかについて私は詳しくは知らない。しかし、当時の撥弦楽器のフレットは多くはガット製である。これはどういうことかというと、フレットが「可動式」であるということを意味する。現に私の知っているリュート奏者は、調律のたびにこのフレットを動かしていたし、時には斜めにずらしたりしていた(それが何を意味するのかはさっぱり分からなかったが)。しかし、この楽器は、その気になれば(原理的には)12平均律が可能な楽器でもあるのだ。もっとも、だからといってリュート奏者が12平均律を意識していたということは絶対にないだろう。

<参考>

中全音律と平均律による聴き比べ。

Sweelinck's Fantasia Chromatica in mean-tone tuning
http://www.youtube.com/watch?v=EHExcd6PYxQ

Sweelinck's Fantasia Chromatica in equal temperament
http://www.youtube.com/watch?v=FHjitZIyaRc&list=PLFD676DE4BB4DD64A&index=1&feature=plpp_video

posted by takashi at 18:03 | Comment(3) | TrackBack(0) | 映画・文学・音楽など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
通行人です。

『楽器が平均律であって初めて「純正」なハーモニーを作ることができるからだ。』
が聞き捨て成らずコメントします。
平均律は一切ハーモニーは破壊された音律です。

また
『「純正律」と言う言葉がある。これは実は机上の調律であって現実にはありえないものだ。』
とありますが、金管楽器は3倍音より高音域では、正真正銘の純正律を体現している楽器です。
Posted by ようたろう at 2014年07月09日 04:48
音律は、それぞれの国と時代背景が要求した音楽文化の一つではないでしょうか?
19世紀から20世紀にかけて平均律が、実践化され、大衆音楽が世界的に広まりました。

そこで犠牲にしたハーモニーを、21世紀には、コンピューターにより取り戻し、純正協和音による音律を、一般化できればいいと考えます。アコースティック楽器でも出来るとおもいますが。

当方、ケルナー音律で15年間音楽活動をしてきた者です。

Posted by 武田芳雄 at 2017年06月01日 12:37
『楽器が平均律であって初めて「純正」なハーモニーを作ることができるからだ。』

ようたろうさん、
これは私が「逆説的に」述べたものです。管楽器(木管楽器)で純正な和音を作ろうとする場合、平均律に調律された管楽器において、ソの音をちょっとだけ高く、ミの音をかなり低く(息の強さ、唇の角度などにより)鳴らすことにより「純正律」が得られます。

なお「金管楽器」の場合、残念ながら調性によって楽器を替えなければいけない、という問題があります。

私が言っているのは「バロック時代の古楽器」のことですのでそのへんはお承知願いたいと思います。当時はハ長調の曲とニ長調の曲で楽器(例えばトランペット)を持ち替えていたのですよ。

Posted by たかし at 2018年02月02日 23:38
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