2011年11月11日

イスラム再考

先日、私が書いた「親愛なるイスラム教徒、イスラム教国の皆さんへ」という記事に対し、Blueさんという読者の方からお叱りを受けた。全貌は以下のコメント欄にあるので見ていただきたい。そこでのBlueさんの主張・論理の展開は、全て尤もであり、理に適ったものであった。したがって私に反論の余地はなかった。
http://takashichan.seesaa.net/article/232608493.html

同時に私は、Blueさんが仰るように、私自身が如何に既存メディアに「毒されているか」を思い知った。大多数のムスリムは平和を欲しており、テロを実行せんとする者は、限られた一部の国の一部のムスリムに過ぎない、というようなことは私自身、過去にネトウヨに対して何度も諭した覚えがあるのにも拘らず、だ。自分自身このような「落とし穴」に落ちるとは思っていなかった。

さて、1979年イランで「イスラム革命」が起こった。この時私は「違和感」を持った。と言うより、世界中の人々が「これがいったい革命なのか?」と思ったはずだ。無理はない。当時の私にとって「革命」には二つの概念しか無かった。「ブルジョア民主革命(市民革命)」と「社会主義革命」である。つまり「教科書」に載っている「革命」はこの二つしか無かったからだ。むしろ「イラン革命」を「反動」と思った人も多かったはずだ。

「イラン革命」に於いては、私は「イスラム回帰」が行なわれたため、女性差別が強化されたとばかり思っていたが、実際は革命後、女性の識字率は上がり、社会への進出も増えたのだという。この事実を恥ずかしながら私は知らなかった。未だに人前で女性がヴェールをかぶる、というような「表面的事象」のみを見て、この国では女性の地位が「低い」と勘違いしていたのだ。

NHK特集で先日、この2月に起きた「エジプト革命」について放送していた。ご存知の通り、今年に入ってからアフリカ中東のイスラム諸国が相次いで「革命」を起こした。それらの特徴は、ソシアルメディア等のIT媒体をきっかけとして、主に若い世代達によって「自然発生的」に起こったということだ。何人かの番組出演者のうち「ムスリム同胞団」という組織の男性は「イスラム回帰」を目指していた。この「イスラム同胞団」というのは、かつて過激な組織であったこともあるようだが、現在は合法的な存在だという。さらにイスラム社会における「福祉」が、この組織により、西洋とは違った形で「行なわれている」ということも紹介されていた。

一方20歳くらいの若い女性出演者は、西欧型の民主主義を望んでいた。彼女は、憲法にイスラムを「国教」とする条文を望まない。番組ではこれら二つの「民主主義」をめぐる若者の葛藤を取材していた。

もう一つ先日、朝日ニュースターの「ニュースの深層」で「国家と情報 公安情報流出事件から1年」<ゲスト>河崎健一郎(弁護士・ムスリム違法捜査弁護団事務局長)<キャスター>土井香苗、という番組をやっていたので見た。ここで取り上げていたのは、警視庁の内部資料がネット上に流出した問題、所謂「警視庁国際テロ捜査情報流出事件」である。河崎健一郎により語られた事件の内容は驚くべきものだった。

このような、イスラム教徒を対象にした公安警察の「監視」は、2001年のニューヨークテロ事件以降「アメリカの要請」によって開始されたものだという。現在数万人を超えるイスラム教国出身者や、日本人イスラム教徒が「監視」の対象になっているという。

過去において、イスラム教国との「宗教的確執」のない日本という国が、このようなことで「良き友人」を失うのは勿体無いことであると、河崎健一郎弁護士は語っていた。私も全くそう思う。

posted by takashi at 15:17 | Comment(6) | TrackBack(0) | その他雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ヨーロッパや他のクリスチャン諸国では「キリスト教民主党」「キリスト教xx党」というのはたくさんあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A

ドイツのメルケル首相も「ドイツキリスト教民主同盟」の党首ですが、だからといってキリスト教を押し付ける強硬派などと考える人は誰もいません。

しかし、日本では一般的に、「イスラムxx党」「ムスリムxx党」といったネーミングでもって、イスラムの教えを押し付ける強硬な政治団体であるというイメージが強いです。

強硬な団体もあるかもしれませんが、ヨーロッパの「キリスト教xx党」と「イスラムxx党」は、にたりよったりのところも多く、イスラムと政治との結びつきというだけでアレルギーを感じる方が多いのは不自然な成り行きだと思います。
Posted by Blue at 2011年11月12日 05:28
確かにイスラム教に限らず、キリスト教だろうが神教だろうが、狂った過激派はいるんだよね。

個人的には茶会とか靖国信仰してる連中なんかは「ニュースに流れる」イスラム過激派と何も変わりゃしないし。

自分にとって遠くて異質なモノってのは「理解しようとしない」事もあって実像を歪めてしまいがち。いい教訓をいただきました。
Posted by kgofboston at 2011年11月12日 06:03
2003年のノーベル平和賞を受賞したイラン人女性弁護士シリン・エバディ氏(イランで 最初の女性判事となったがイラン革命でやむなく辞任)の最新のインタビュー記事を読みました。彼女は10月13-15日のドーヴィルの女性フォーラムで、「アラブの春」の後のイスラム主義の揺り返しが女性に不利になると警告しました。たとえばチュニジアでの父系社会の伝統は強く、権力を掌握した男は女性をスケープゴートにするだろう、中国やイランで一部の「スーパーウーマン」の活躍を紹介するのは国際社会向けのプロパガンダに過ぎないと言います。
1979年のイラン革命は「反女性革命」だったと言い、今では法廷における1人の女性の証言は男性の証言の半分の価値しかなく、事故の犠牲者の補償も女性は男性の半額、離婚の申し立てにも女性には多くの壁があるので諦めることが多い、これら全ての差別を、1979年の時点ではイランの女性はまったく想像していなかった、というのです。そんなことから、彼女は、アラブの新政権に国連の女性差別撤廃条約を批准させること、ハーグの国際法廷を認めさせることが緊急であると言います。
(http://www.irenefrain.com/agenda.php?see=inter&id=337)など。
彼女は今イランに再入国できず、イラン在住の夫はパスポートを没収され毎週警察の尋問を受けているようです。
私も10年ほど前に、日本のフェミニストから、イランは男女の区別は縦割には厳しいが、女性がトップに上り詰められることでは日本の比ではない、イスラム法を批判するのはおかしいと批判されたことがあります。
参考に、サウジアラビアのワッハーブ派のファトワでは、女性は家族以外の男性にでも、運転者や使用人とは口を聞いてもOKです。彼らは人間とは認められていないのかもしれません。女性差別は確かに貧困の問題と切り離せませんが、ひと頃のサウジアラビアのように、サウジ人全員が中流以上の生活を享受していた国や万を超す王族の女性でも国内では成人としての権利を与えられていませんでした。
イスラム法における女性の不平等は少なくとも今の時代の文脈においては歴然としているので、たかしさんの表現はまずかったかもしれませんが、女性の教育と真の意味での社会進出が課題であるという点は間違ってはいないと思います。
Posted by えすてる at 2011年11月13日 03:26
>イスラム法における女性の不平等は少なくとも今の時代の文脈においては歴然としている

そーかな?その不平等が「イスラム」そのものに由来している訳ではないってのがBlueさんの言ってたことだと思いましたが。

>女性の教育と真の意味での社会進出が課題

おっしゃる通りですが、この件で日本は他人様の事言えるほど立派じゃないのも事実。

関連した事柄で個人的に興味があるのは、「女性」によるミソジニー。案外自分の周りには見受けられる気がしますが、どーしたものか対応に困る事も結構あります。

軽いものとしては、「消費される性」としての発言や価値観を(あきらめて)受け入れる傾向。ジミントーの阿呆が「産む機械」発言した時の、自分の周りの女性からの無反応には個人的に結構驚きました。

ミソジニーを発信する側に女性が回るってのも結構あります。サラ・ペイリン、櫻井よしこ等はその典型だと思う。都合がいいんだよね、男側から見てこーゆーのって。
Posted by kgofboston at 2011年11月16日 11:01
>イスラム法における女性の不平等は少なくとも今の時代の文脈においては歴然としている

>そーかな?その不平等が「イスラム」そのものに由来している訳ではないってのがBlueさんの言ってたことだと思いましたが。

私の文、よく読んでくださいよ。たとえ(その不公平が「イスラム」そのものに由来している訳ではない)としても、「少なくとも」「今の時代の文脈においては」、歴然としているということです。
今のイスラミストと自称するグループの掲げるシャーリア法とその適用は明らかに不平等です。

と言っても、何とワッハーブ原理主義のサウジアラビアは何と国連の不平等撤廃条項を批准していて全然平気、自分たちは女性を庇護しているのであって差別しているのではない、と堂々としていました。不平等が差別になるのは貧困とセットになっている国であって、金さえ潤沢なら不平等は差別じゃなくて特権くらいに思っていたのです。今はさすがに少し変わってきました。

女性のミソジニーは、男性優位のモデルを前提にしてその男性のレベルに達したと自己評価する女性の場合は、自分の(男性世界の一員としての)優位性を担保したいという気持ちからくるんでしょうね。

「産む機械」発言に反応しなかった女性の方は、発言者を馬鹿にしていたのかも。あるいは、そんな「形容」の問題よりももっと深刻な社会構造的な抑圧があることを感じているから、そんなつまらない部分で反応して問題を矮小化したくなかったのかとも思います。

でも他のマイノリティと違って、どこでも女性は人口の半分入るし、誰でも人生の初めの方では完全に頼っている存在なのだから、ほんとうに連帯されたら恐ろしいのに。だからこそ分断する仕組みや洗脳のシステムが半端でないのかもしれませんね。
Posted by sally at 2011年11月19日 08:21
>私の文、よく読んでくださいよ。
>「少なくとも」「今の時代の文脈においては」、歴然としているということです。

いやー、あの文でイスラム法=ワッハーブ原理主義のシャーリアとその適用のことを指しているとは読み取れなかったのです。
「イスラム法における」はもっと広範の意味だと思っていました。申し訳ないです。

>女性のミソジニーは、男性優位のモデルを前提にしてその男性のレベルに達したと自己評価する女性の場合は、自分の(男性世界の一員としての)優位性を担保したいという気持ちからくるんでしょうね。

んー。もちろんそれはそーなのですけど。
興味があるのは、なぜ自分の(男性世界の一員としての)優位性を担保したいという気持ちの表われ方が性別で違う(ように主観として私が感じる)のか?という点です。
鉄の女サッチャーみたいな「より男らしくマッチョに」って傾向は優秀な男性にはあまり感じないんだよね。

ま、植民地支配の名誉白人システムと同じニオイを感じてはいるのですが、どーにも確証がね、、、

>あるいは、そんな「形容」の問題よりももっと深刻な社会構造的な抑圧があることを感じているから、そんなつまらない部分で反応して問題を矮小化したくなかったのか

いや。通常、あれを形容の問題として「つまらない」と認識する人は、その背後にある社会構造的な抑圧(本質)に対して深刻であるとは考えていないと思いますよ。
深刻であると考える人は何よりまず無関心、無神経、無視をやめさせる事が第一ステップである事を認識してます。(派遣村とか典型)

会話の感覚としては「あきらめ」かそれこそ「無関心」っていう印象が強いですね。
Posted by kgofboston at 2011年11月22日 14:54
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