2011年09月23日

バッハのゼクエンツについて

バロック音楽の魅力の一つに「ゼクエンツ(Sequenz)」というものがある。何もバロック音楽に限ったものではないのだが、ことさらバロック期(特に後期バロック)に多用された。これは主に「七の和音」の連続により、所謂「終止的結合」を数回繰り返し、その和声に乗って一声部もしくは数声部で同じ音型が反復されるものである。このゼクエンツというものは、人間の「感覚」に訴える効果を持った技法である。ゼクエンツの例をいくつか揚げてみる。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲第1楽章より
Tchaikovsky.jpg
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲イ短調より
Vivaldi.jpg


このように反復される音型と終止的結合により、一種の「解放感」と次への「期待感」が惹起されるのである。しかし、人間の感覚とは不思議なもので、快い音型もあまり多く繰り返されると、とたんに「不快」を催し始める。ゼクエンツをあまりに際限なく、3回4回、ひどい場合には5回も繰り返す曲が、例えばヴィヴァルディには見られる。この場合、我々はむしろ「嫌悪感」を催すことになる。その楽曲への魅力が、とたんに「半減」してしまうだけではない。その作曲家を「二流」と判断する原因となってしまうのだ。

私の経験では、最も快いゼクエンツの回数は2.5回である。ある音型が2回連続して現れると、人は言いようもない「快感」を覚える。そしてそれがもう一回出て来て欲しい、という感覚に囚われる。そして予想通り3回目にも現れる。ところが3回目の後半にそれが裏切られるのである。そしてこの「裏切り」が、さらなる「快感」を演出するのだ。これを見抜いて見事に実践しているのがバッハなのだ。バッハに於いてはゼクエンツは多くても3回までである。2回の場合もある。多くは3回目の途中から別の音型に変わる。すなわち「2.5回」というわけなのだ。


バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調第一楽章より
Bach_con_2V.jpg
バッハ:フーガト短調よりBach_Fugueg.jpg
バッハ:マタイ受難曲アリア「Gebt Mir Meinen Jesum Wieder」より
Bach_MatthausAria.jpg

3つ目の例においても、伴奏部は既に3小節目の後半から別の動きに入っていることが、楽譜から確認できるであろう。これらのバッハのゼクエンツを聴いて感動を催さない者はいない。バッハがこの地上で尤も偉大な作曲家であることの所以のひとつである。






posted by takashi at 15:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | 映画・文学・音楽など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小林道夫さんの演奏を間近で聞いたことがありますよ。
Posted by 山田の案山子 at 2011年09月23日 18:08
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。プロキシ経由は削除されます。

この記事へのトラックバック
このページのトップヘ