2010年10月24日

夢の話2

以前「夢の話」というのを書いた。
http://takashichan.seesaa.net/article/137895252.html


つげ義春という漫画家がいる。知る人ぞ知る天才として有名な作家であるが、彼の単行本に「必殺するめがため」というのがあった。この作品集の特徴は、作者が見た「夢」を題材にした作品が全編の多くを占めている、というところにあった。意識的に稚拙な画法を用い、いわゆる「ヘタうま」なタッチで書かれた作品は、誠に味のあるものである。よく知られることだが、このつげ義春という人は「画風」が定まっていない作家であった。精密な劇画調から稚拙な「ヘタうま」調までを変幻自在に使い分ける、といったことを常に行なっていた。初期の作品「お化け煙突」(史上初のプロレタリアマンガと言われる)では、手塚治虫の画風の影響が見られるし「ゲンセンカン主人」に代表される「紀行もの」では、精密な作画の中に、同じ「ガロ系作家」であった水木しげるの影響が見られる。時代劇ではやはり「ガロ系作家」の白土三平の影響が見られる。またつげは「紅い花」に見られるように「美少女」の描き手として秀でていた(竹久夢二の描く少女画を何となく連想させる)。彼は「紀行文」的なエッセイも何冊か書いていて、その文章力にも眼を見張るものがあった。

さて「夢」であるが、彼は「夢」に思い入れがかなりあったようで、夢の内容を書き留めて漫画の題材にする、というようなことを常に行なっていたようである。上記の「必殺するめがため」はまさにそうした行為から生まれた作品集であったわけだ。つげの代表作として知られる「ねじ式」も、夢が題材となっている。私は子供の頃良く「路面電車が普通の道を通る夢」を見たものである。住んでいたのが路面電車のある札幌だったことが影響している。普段定まったレールの上しか通れない路面電車が、一般道路の上を走るという夢には、ちょっとした「理屈」が付け易いと思う。「抑圧からの解放願望」というような。「ねじ式」においても同様な場面が出てきて共感を覚えたものだ。

先日ある夢を見ていて思ったことがある。ひょっとして夢は一瞬の間に見るのではないか?あるいは時間を超越して見ているのではないか?ということだ。つまりこういうことである。私がAという事象を夢で見たとする。しかしその時点では、Aという事象の本質が何であるのか分かっていない。夢の後段でそのAが実はBであったことが判明する、といった展開の夢である。この場合、Aの夢を見たあとにBが出てくるというのではおかしいわけである。潜在意識が夢になるということは、夢のストーリーは予め出来上がっているはずだからだ。実際はBの夢をみると同時に、その前段(過去)のエピソードとしてAを作り上げているのだと思う。しかし、夢から覚めたときにはあたかもA→Bという「時系列」で認識されるのではないか?

説明が分かりにくかったかも知れないので具体例を示す。あなたはある日電車の窓から、畑の真ん中に大きな穴が掘られているのを見る。その時点では、その穴が何であるのか、あなたは知らない。場面転じてあなたは会社で働いている。会社の同僚に、先日電車の窓から見た穴の話をしてみる。するとその同僚の説明により、その穴は捕まえた野犬を薬殺して埋めるために、保健所が掘った穴なのだ、とあなたは知る。この場合あなたは「野犬を埋めるための穴」の夢をまず見た、と考えるべきだろう。その夢を見たのと同時に、その穴が何であるか分からない、という時系列的に前の時間を派生的に作り上げているのだ。このように夢のなかでは時間の前後が自由に置き換えられており、目が覚めた時点でそれがつじつまの合う時系列として記憶に残っているのだと思う。
posted by takashi at 15:35 | Comment(3) | TrackBack(0) | その他雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「ねじ式」をガロで見てからつげ義春のとりこになり、何度も映画化しようと(NHKではドラマになったようですが)試みましたが、分りやすくすると独特の味がなくなるし、そのままやると映像化がむずかしく興行的にもペイしないとされて断念しました。でもまだ諦めていません。彼の作品は自分の心象風景や夢に抵触する唯一の画です。

いつもエントリーされたブログにいちいちうなづいています。おなじ感性の人がいて安心しました。
Posted by 岩下俊三 at 2010年10月24日 16:55
岩下俊三さま、

ご挨拶遅れましてすいません。ブログをいつも楽しく拝見させていただいております。岩下さんのおっしゃる「心象風景」という言葉、全く良く言い当てていますね。つげ義春の「紀行もの」に描かれる田舎風景は、私にとって日本の原風景であり、自分の夢に出てくる街々とそっくりなんです。

「ガロ」という雑誌は、少年漫画全盛時代にあってほんとうに異色の存在だったと思います。定期的に読んだことはないのですが、好きな作家の特集号は夢中で読みました。

話は変わりますが、ここのところ我が愛すべきネトウヨどもが私のブログを敬遠しているらしく、サッパリ顔を見せなくなってしまいました(笑)。嫌われ者は寂しいですなぁ。
Posted by たかし at 2010年11月01日 01:25
たかしさん、こんにちは。
ガロ系、いいですよね。つげ義春なんかはよく愛読したものです。
個人的には永島慎二が好きでした。

悲しいことに、ガロの版元、青林堂がネトウヨに乗っ取られたみたいです。
トップページには在宅会(在宅特権を有するネット市民の会)の高田誠(自称:桜井誠)のアジ本が大きく載っています。
雑誌のほうも電波丸出しで、看板雑誌の「ジャパニズム」なんかは萌え+ネトウヨのおぞましい内容となっています。
あのころの青林堂はいったいどこへいってしまったのか・・・。
ttp://www.garo.co.jp/
Posted by ガロ世代 at 2014年01月22日 21:35
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