2010年05月12日

差別語について

その昔、高橋竹山の演奏会を聴いたことがある。確か北区王子の公会堂だったと思う。竹山の演奏会の楽しみは、三味線や尺八の演奏の他に「しゃべり」がある。若い修業時代の、それこそ「悲惨」この上ない経験を、あの独特の口調で実にあっけらかんと、面白おかしく語るのである。若く名もない頃の竹山は、至る所で差別を受けた。そんな竹山が、門付けをする度に自分が受けた差別の経験や、その逆に自分に良くしてくれた人々の話をするとき、実に大らかで温かい表情をしていたものだ。彼は多くの弟子を育てて世を去ったが、あの素晴らしい芸は若い人達が受け継いでもらいたいものだと切に思う。

その竹山が自分を指して「めくら」と呼ぶのは自然である。おそらく自分に対して投げつけられてきたその言葉は、もはや彼にとってアイデンティティそのものでもあったのではないだろうか?それほど昔はごく普通に用いられていた言葉であった。本来この「めくら」という言葉は「悪罵」「蔑み」として投げつけられる他に「おめくらさん」のように「同情」を込めた使われ方もされていたに違いないのだ。

しかしいつの頃からか「放送コード」なるものが出来て、少なくともNHKの放送番組中では使っていけない言葉となってしまった。そして「盲人」「目の不自由な人」「視覚障害者」といった雑多な呼ばれ方が苦し紛れのように新たに「考案」され現在に至っている。これは「めくら」という言葉が「悪罵」「蔑み」に用いられる機会が多かった、という事実に依るものであって、実際には「目が見えない人」を意味することでは他の呼び名と変わることがない。使われようが悪ければ「忌み言葉」となるというのも、なるほどありうるかなとも思うが、この伝で行くと、あの侵略戦争に利用された「日の丸」は、禁止すべきだと私などは思うが如何なものだろうか?

一八世紀フランスの作曲家ジャン・フィリップ・ラモーに「優雅なインド」というオペラバレーがあり、その中の一曲に「土人Les Sauvages」という舞曲がある。この「土人」とはアメリカ先住民のことを指すらしい。ラモーは当時アメリカ先住民の音楽など聴いたことは無かったはずだが、実に「インディアン」を彷彿とさせる雰囲気を持った秀逸な作品である。この曲の題名は、CDライナーノートのような印刷メディアでは多く「土人」となっている。ところがこの曲がいったんNHKFMに掛かるとどうなるか?「未開人」「野蛮人」と読み替えられてしまうのだ(笑)。「野蛮人」と呼ばれるのも「未開人」と呼ばれるのも「土人」にとっては同じように「屈辱」だと思うが(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=3zegtH-acXE

ラモーには他にもクラヴサン小品で「跛」(びっこ)というのがある。この作品は「描写音楽」としても全く秀逸なものであるが、これもNHKFMでは「足の不自由な人」と読み替えられていて笑ったことがある。
http://www.youtube.com/watch?v=6OySK0_0INc

そのNHKで不思議なことが時々起こる事がある。「ピー」と電子信号音が入るのだ。おそらくNHKが「座頭市」シリーズ作品を放映しないのはここに理由があると思われる。「めくら」「どめくら」という言葉が出る度に「ピー」という電子音が入ったのではたまらない。「あっしはただのピーでございます。」「だまれ!このどピー!切って捨てるから覚悟しろ!」などと「座頭市」がただのギャグ映画になってしまうからだ。その点民放はまだいい加減で「この作品中には相応しくない表現がありますが、作者の意図を尊重してそのまま放映致します・・・」とか何とか「前置き」をして、何のことはない「差別語」をそのまま流したりしている(笑)。

ことほど左様に「差別語」を取り巻く現状は複雑であるが、私は要は「相手が傷つくような用い方はしない」ということではないかと考えている。「シナ」と呼ばれて中国人が傷つくのならば使わない、ただそれだけのことだ。ああ言えばこう言うで「うちの近所では昔から支那そばと言っている」とか「東シナ海と言うじゃないか?」・・・などという輩(=ネトウヨ)がよくいるが、そんなのはただの「屁理屈」に過ぎない。

参考スレッド
<「馬鹿」という言葉>
http://takashichan.seesaa.net/article/128631992.html

posted by takashi at 16:03 | Comment(19) | TrackBack(1) | その他雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「創価」と書くと反応される方がいらっしゃいますが、コレって差別用語なんですかね?
Posted by あるふぁ at 2010年05月12日 17:14
創価はゴミ屑以下
創価を名乗る奴は問答無用で叩きのめす。
Posted by 。 at 2010年05月13日 20:19
====================================================

。 さんは「ふざけたハンドルネーム」を用いましたので「出入り禁止処分」とさせて頂きました。なお、ルールをご存知なかった可能性もございますので、一度だけチャンスを差し上げます。nyaonjp2005@yahoo.co.jp宛に「出入復活要請文」をお送り下さい。今回に限り「出入り禁止」を解いて差し上げます。たかしhttp://takashichan.seesaa.net/article/141247305.html

====================================================
Posted by たかし at 2010年05月13日 23:53
たかしさん、はじめまして。いつもブログを読ませていただいています。

「支那(シナ)」という呼称には元来差別的な意味はない。英語のChinaは「支那(シナ)」と同根の呼称であって、Chinaは問題とせず、日本人が「支那(シナ)」呼称を用いることだけを禁じるのは「シナ人」の日本人に対する差別である。
「中国」という呼称は日本の「中国地方」と混同されやすい。また歴史貫通的な呼称としては「中国」より「支那(シナ)」の方が適切である。

こういう主張は評論家の呉智英氏が年来唱えてきたことで、呉氏があちこちに書き出す以前には田中美知太郎氏が「中国と言わざるの弁」というエッセイで同様の主張をしていました。

これを、本音では「チャンコロ」と言いたくてしようがない人たちが利用して「支那(シナ)」を連発しているのでしょう。

呉氏はまた、「土人」や「部落」といった言葉も何ら差別的な意味はなく、これらの言葉を規制するのはおかしいとも書いています。「旧土人保護法」という法律の名称をアイヌの人々が批判するのは、「自分たちを南洋の人食い土人と同列に置くのはけしからん」と言っているのと同じことで、アイヌ人こそ「土人」を差別しているのだ、というレトリックだったと思います。

右派の人は上のような主張に喝采を送っているわけですから、「天皇は土人部落の土偶だ」と言ったところで、別に苦情はないでしょう。
Posted by mikeneko at 2010年05月16日 00:17
mikenekoさん、よくいらっしゃいました。

>本音では「チャンコロ」と言いたくてしようがない人たち

そうですね、ネトウヨです。奴らの「言い訳」を聞いていると「問わず語り」に差別感が滲み出ていますよ、キンピーとかね(笑)。
Posted by たかし at 2010年05月17日 15:07
人が傷つく使い方というと、曖昧なもので、
結局基準を設けるとなると、差別語は一切規制というやり方しかないんだと思います

差別用語ははっきりいって隠語なので、扱いが難しいのかと
なんだかんだ言ってシナという言葉自体は別にいいとも思うんですけどね
言葉は人間の道具であって、
包丁で人を殺せるから包丁を規制なんておかしいわけですから
Posted by うようよ at 2010年05月18日 16:19
モノには物の使い方というものがあります。包丁は人を刺すための道具ではありませんし、言葉は人を咎めるための道具ではありません。
ですから、「ネトウヨ(=ネット右翼)」も本来ネット左翼と呼ばれる方々が使っている単語ですし、もっと言えばネットで右翼的発言をしている方々にレッテルを貼るために作った造語です。
レッテルを貼って少しでも印象を下げようとしているのです。
私はどちらかと言えば右翼的立場であると自覚していますが、中立の立場から見ても少しでも右翼的発言をすればネット右翼、ネトウヨだのとレッテルを貼る行為は民主主義に反していませんか?
あたかも、右翼的言論があってはいけない様な発言をするのも問題だと思うんですが、たかし様のお考えはいかがでしょうか。お返事お待ちしております。
見たことも無い人に奴とかそうやって罵るのも善い行動ではないと思うんですけど。
Posted by 高崎問屋街 at 2010年05月22日 21:48
>>高崎問屋街

>モノには物の使い方というものがあります。包丁は人を刺すための道具ではありませんし、言葉は人を咎めるための道具ではありません。

はいしつもーん。
言葉は表現の道具。ってことは人を咎めるための道具でもある。だいたい言葉を使わずにどーやって人を咎めるっての?(藁
論理的思考のできんアフォは哀れよのー

>ですから、「ネトウヨ(=ネット右翼)」も本来ネット左翼と呼ばれる方々が使っている単語ですし、もっと言えばネットで右翼的発言をしている方々にレッテルを貼るために作った造語です。

だから何?造語はレッテル貼りするためのもん。レッテル貼りなくして対象の特定不可能。なんか問題あんのかよ(藁

>中立の立場から見ても少しでも右翼的発言をすればネット右翼、ネトウヨだのとレッテルを貼る行為は民主主義に反していませんか?

どこがどう「民主主義に反して」るっての?尻滅裂(藁
Posted by うー at 2010年05月24日 00:51
ネット右翼の定義

(1)差別主義者(レイシスト)・憎悪主義者である事(主な憎悪ターゲットは韓国・北朝鮮・中国・在日・サヨク)
(2)「在日(韓国・朝鮮人)特権」の攻撃に熱心であるが「在日米軍特権」には知らん顔をする事
(3)国家神道(靖国教理)を熱烈に崇拝し、国家神道に基づいた国家観・歴史観・軍国思想・教育観を有している事
(4)南京大虐殺・従軍慰安婦・強制連行(強制徴用)の存在を一切認めない事
(5)イデオロギーの主張の場が主にネット上である事

http://blog.goo.ne.jp/ngc2497/e/9633e787724ad49666352845f0eadf4e
より

Posted by あるふぁ at 2010年05月24日 17:47
>うーさん

>だから何?造語はレッテル貼りするためのもん。レッテル貼りなくして対象の特定不可能。なんか問題あんのかよ(藁

結局、レッテル貼りは主観に基づく物なんですから
論理的思考でもなんでもなく、自分の相手に対する偏見以外の何者でもないんじゃないんでしょうか

それと造語はレッテル貼りの為だけのものではないですよ

>あるふぁさん

まあこっちの定義だったら、ネトウヨの批判も納得出来るんですけどね
でも、たかしさんの定義は「インターネットを利用して右翼思想を配信する者」だそうです
Posted by うようよ at 2010年05月26日 22:18
(うー)
>>うようよ

>結局、レッテル貼りは主観に基づく物なんですから
>論理的思考でもなんでもなく、自分の相手に対する偏見以外の何者でもないんじゃないんでしょうか

対象を特定するために一定の「レッテル貼り」は必要。
問題はそのレッテルが不当か正当か。理不尽か理に適ってるか。それだけの話。
にしても、「主観」だの「偏見」だのと、オマエはshinystarか(藁

高崎問屋街のコメの天に唾しっぷりにも気付かんとはとことん頭が悪いな(藁

>ですから、「ネトウヨ(=ネット右翼)」も本来ネット左翼と呼ばれる方々が使っている単語ですし、もっと言えばネットで右翼的発言をしている方々にレッテルを貼るために作った造語です。
>Posted by 高崎問屋街 at 2010年05月22日 21:48

「ネット右翼と呼ばれる方々」なんて「レッテル貼り」の尻馬に乗っちゃってる時点で「レッテル貼り」を批判する資格なし(藁

>それと造語はレッテル貼りの為だけのものではないですよ

ハァ?誰がレッテル貼りの為「だけ」のものなんつった?これだから国語力ないアフォは(藁
Posted by うー at 2010年05月27日 02:23
>対象を特定するために一定の「レッテル貼り」は必要。

べつにレッテル貼りを否定はしてないですよ、レッテル貼りは決めつけにすぎないと言ってるだけです

>高崎問屋街のコメの天に唾しっぷりにも気付かんとはとことん頭が悪いな(藁

それについてはべつに言及してません。擁護してるわけでもないですし
あと「ネット左翼と呼ばれる方々」が「ネット右翼と呼ばれる方々」になってますが誤字ですか?

>ハァ?誰がレッテル貼りの為「だけ」のものなんつった?これだから国語力ないアフォは(藁

それについては勘違いしていました、すいません
Posted by うようよ at 2010年05月27日 19:36
>>うようよ

なんだオマエ防戦一方じゃねーかナサケネー(藁
Posted by うー at 2010年05月27日 23:30
>たかしさんの定義は「インターネットを利用して右翼思想を配信する者」だそうです。

これも間違いでは無いのですがね?何か問題ありますか?
Posted by あるふぁ at 2010年05月28日 17:28
>うーさん

>なんだオマエ防戦一方じゃねーかナサケネー(藁

別に思ったことをいってるだけで、議論しようというようなわけではないです

>あるふぁさん

>これも間違いでは無いのですがね?何か問題ありますか?

これが間違いだと言ってるのではなく、
これだけの定義で批判するのは、納得出来ないと言ってるだけです
Posted by うようよ at 2010年05月29日 20:33
>これだけの定義で批判するのは、納得出来ないと言ってるだけです

修正
これだけの定義だと、このブログでの批判が該当しない人もいるんじゃないかということです
Posted by うようよ at 2010年05月30日 00:07
 おひさしぶりです。本間です。
 このコメント欄が、下から順に積み重なっていく作りであったら、まじめな気持ちできた人はコメントする気をなくすでしょうね。せっかく差別語を論じているところに、なぜネトウヨ定義やそれに準じた議論にもならぬ言い争いに行き着くのか。
 わたしは乗った方こそ悪いと思う。

 さて、かんじんの差別語ですが、わたしは40年もまえに出していたミニコミでも、差別語狩りの空しさと馬鹿馬鹿しさを批判し、反発以外の何も得るものがありませんで、これを悪しき風潮にした元凶となる勢力には大いなる怒りを持ち続けてきました。
 いや、表面的なことのみでなく、実質権利も向上したのだから、ある程度の行き過ぎは大目に見るべきという人もいるでしょうが、わたしはそれも認めない。一例、看護婦が看護師になったことも、そんなくだらない権利意識が素地にあったとみています。

 という話をすると、またややこしいことになり、わたしの下品さや差別観・差別度論議となり、ボロを出しかねないので、ここは経験をもとに一例あげます。
 ずいぶんまえですが、30年もまえではありません。ある時、わたしの電動車イスを後ろから追い上げてきた自転車が、「この身障者めー!」と叫んで猛烈に走りすぎていきました。見ればワイシャツの折り目も涼やかな会社員風の青年でした。
 カタワと呼ぼうが身障者と称しようが抱く気持ちによれば言い方などはどうでもいいことなのですよ。

 わたしのところに、「天皇制は差別の頂点」「天皇制をなくしたところで差別はなくならないが、差別される人々に一定の希望を与える」とコメントした人がいますが、ここではまさか、よもやそんなめでた話を信じる人はいますまいね。
 わたしらカタワ(俺の場合、変態要素もある重度変態障害者)にしてみれば、はるか上の差別がなくなったからといって、それで目の上のコブがなくなったあんたら健常者はいい気なもんだね、程度の感慨しか沸かないでしようね。
 という話も、差別であって差別語ではないので、ここではこの程度にとどめます。ただ、それとおなじくらい差別語もしゃべる者が存在する以上なくならないと思う。どうやら、その方は人権擁護法で取り締まりたいみたいでしたがね。

 そこで最後の結論になります。
 差別語をなくすたった一つの方法。それは差別語が差別語として機能しなくなる風潮を作ることである。
 では、誰がそれをやるか。
 差別される本人が、それぞれの分野で差別語を連発し、茶化し、笑い飛ばし、差別語なんか言われたってへっちゃらだよという意思表示を公然、かつ大規模に展開することである。
 そこでの大原則は、いかにその種の友だちがいようと、身内がいようと、自分以外の差別語は決して言ってはならないこと。それをめいめいが守って差別語大連呼をつづけていけばいいのである。
 それができるかできないか、その一事に差別語の盛衰はかかっていると、わたしは断言したい。
Posted by 本間康二 at 2010年06月23日 12:05
子供のころ親に買ってもらった少女雑誌の読み物に、とある「美談」が載っていました。ある足の不自由な少女が親から「びっこちゃん」と呼ばれていると。親としては一生そう呼ばれつづけるであろうわが子に強く生きていってほしいと。記憶だけで書いているのですが大体こうゆう内容でした。親の気持ちを汲んで・・子ちゃんは明るく「はい」と返事をしている、と締め括られていました。半世紀も前の記事です。誰から「びっこ」呼ばわりされても自分の親からは言われたくないのが当然でしょうに。 
Posted by アマヤ at 2012年10月16日 23:18
アマヤさん、いらっしゃい。ツィッターではいつもどうも。

女性雑誌は、昔から平気で「つくり話」を載せるのが常套手段ですが、それにしても考えさせられる記事ですね。現代なら、その筋から親に「お達し」があるかも知れません。言葉による一種の「虐待」とも言えかねないことですから。
Posted by たかし at 2012年10月17日 11:41
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