2008年09月28日

実録<あるネトウヨ青年valziekの記録>第三部

実録<あるネトウヨ青年valziekの記録>第三部
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この文章は実在するあるネトウヨ青年valziekのドキュメンタリーです。皆様にネトウヨのバカさ加減を存分に味わっていただくとともに、現在のわが国の危機的状況を実感していただけたら幸いです。少子化が叫ばれてもう久しいですが、それよりも生まれてくる数少ない子供がコイツのようなネトウヨになってしまう風潮の方に私としてはより恐怖を感じております。以下出来る限り本人が書いた文章から再構成してあります。読み苦しい部分も多々あると思いますがご勘弁ください。
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ネトウヨの特徴は「ねじれ」である。それは何か?
彼らには右翼思想が「悪」であるという漠然とした自覚がある。その罪悪感から逃れるため、何とかして自分自身を正当化しようとする。ところが正当化すればするほど本心とは違うことを言わねばならなくなる、というのがこの「ねじれ」の正体である。この「ねじれ」は宿命的に彼らの言行につきまとい、規制する。そしてその結果彼らの主張は往々にして所謂「堂々巡り」に陥る。さらにこの「ねじれ」は、物事の判断基準を失わせる。そのため彼らの主張は「基準」が実に都合よく変わる。以上二つがネトウヨの特徴として挙げられると思う。

典型的なのは次のような例である。
@ネトウヨは軍国主義が好きで好きでたまらない。
Aその一方で「扶桑社の教科書は軍国主義を賛美などしていない」と主張する。
これは尤もわかりやすい「ねじれ」の例と言える。自分は軍国主義が大好きである。軍国主義を賛美する扶桑社のような教科書が現れるのは嬉しくて嬉しくてしようがない。ところが「軍国主義が悪である」という「自明の理」が存在する。さあどうしよう、そうだ「扶桑社の教科書は軍国主義を賛美などしていない」と主張しよう。
この倒錯した行動がネトウヨの「ねじれ」の典型である。

もうひとつ例を挙げてみる。
@侵略戦争が良いなどとは誰も言っていない。
A日本の侵略は止むを得なかった。
などというのは「堂々巡り」の典型例である。このあと「したがって日本は悪くなかった」「もし日本が悪いならアメリカだって・・・」「当時はみんなそうだった」でも「侵略戦争が良いなどとは誰も言っていない」・・・・と延々と続くわけである。実際これとマトモに付き合うのには、かなりの根気と体力が要る。オマケに彼らは一人ではない。過去ログを見ないから論破されたことを蒸し返すし、論破されたことに気付かないものや、とぼけてゾンビ化する奴までいる。このようにネトウヨと対峙するのは疲れるのである。

彼が「ザ・のじじズム」のスレッドに書込みを行なう際、自分が「議論を闘わせている」というある種の自己陶酔に陥っているフシがある。これが全くの勘違いであることを本人は全く気付いていない。
「さて。たかしちゃんはここらでほっといて、と。>norm1さん。自衛軍を持ちアメリカを追い返すというのは、俺も認められるとは思いません。ただそういう姿勢をとることによって強い立場を得ることはできると考えるのです。アメリカに対して、ね。」
「>bolsaespanolaさん。さて、あいもかわらず飛ばすtakashityan神は置いといて。既に起こってしまった事についてはどーにでも言えますから、当時の世界情勢を踏まえて『日本の国益や国際社会での影響力を損なわずに戦争を回避する方法』を解説して頂けるとありがたい。」

彼は自分の戯言の相手をしてくれる人がいるのが嬉しくてしようがない。
私はその腰を折るのが楽しくてしようがない。

「何度もいったけど、URLを直接貼れっていうの。」
「最後にもう一度いうけど、こんだけ長い文章をいちいちコピーしないで、URLを貼りなさい。」
「そ・れ・と、いい加減記事に直接リンクを貼るってことを覚えなさいねボク?」
「いちいち全文転載なんかしないでその記事にリンクを貼ったらいかがですか?」
「人んとこのブログの記事を何度も無断でコピペしてる人間なんかと間違えて、norm1さんには誠に申し訳なかった。」
「これで何度目かわからないくらいだが、いい加減URL張れ。」Posted by takashityan at 2006年01月01日 21:30

これは、私がvalziekのブログをコピペして「ザ・のじじズム」に紹介することに対する泣き言の数々である。私はご存知のようにこんな苦情を全く聞き入れずにコピペをし続けている。なんで彼がこれほどしつこいのか皆さんお分かりかな?それはコピペされると困るからである。で、私が何故、リンクを張らずにコピペするか。理由は簡単で、リンクを張っても誰も見ないからである。例えばeverのように屑サイトをベタベタコメント欄に貼り付けたとしてもそんなモン私などはひとつも見ない。さらにこちらのブログのように、文字からハイパーリンクされない場合、わざわざブラウザのアドレスバーに記入してエンターを押すなんて面倒くさいことは誰もやらないわけだ。でもvalziekの馬鹿な文章もコピペしてしまえばグーの音も出ないのだ。

さてあるネトウヨ青年の面白い書込みを簡単に振り返って見たわけだが、ネタはまだまだある。しかしこの辺で「最高傑作」にご登場願うとしよう。「2005年輝け!ネトウヨ大賞」に輝いた最高傑作コメントである!!
http://blog.nojijizm.jp/archives/50287976.html#comments 外国人犯罪

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「貧しさは犯罪を生む」というのは有名な話ですよね。外国人を「廉価な労働力」として見ているという時点で、のじじさんは外国人の「共存」を考えることができていないと思います。外国人の犯罪率が高いのは歴然とした事実です。そこで「外国人を見張るべきだ」ではなく、「なぜ外国人が犯罪を起こさざるを得なくなってしまうのか」を考えるべきなのです。必ずしも貧しさだけが要因ではないでしょうが、外国人が日本人と同等の給与を支払われるべき対象として見られていないことが要因の一つになっていることは確かだと思います。まぁ、外国人就労者だからといって監視すべきだという論調に疑問を感じてらっしゃる点は共感できるところです。
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さあどうだろうか?何度も言うが私はこれほど自分の心を偽った卑怯な文章を見たことがない。「究極の偽善」と言っても良いだろう。過去の自分の発言と照合されればいとも簡単に化けの皮が剥がれるのが明らかであるにも拘らず平気でこういうことを書く。しかも卑劣にも人の揚げ足を取っての上である。ついでに指摘させてもらうと最初の「貧しさは犯罪を生むというのは有名な話ですよね。」はこの文脈にとって何の意味もない余計な文である。心にもないことを書こうとすると往々にしてこういうボロが出るのだ。
「アジア人は牛や豚以下の存在だ」などと別の場所で主張しておきながら、ここでは善人ズラを装ってぬけぬけと外国人をかばってみせる。指摘されると件の「牛や豚以下」とは白人が言っていることなのだという。ところがその白人とやらは何処の誰なのか?と問われると答えられない。
 
 
※ここで耐え切れなくなったvalziekから茶々が入り、実録<あるネトウヨ青年valziekの記録>は中断してしまった。
posted by takashi at 17:25 | Comment(1) | TrackBack(0) | ネトウヨ、バカウヨの醜態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これが答えか?
Posted by bao at 2008年09月28日 22:41
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