2008年09月28日

実録<あるネトウヨ青年valziekの記録>第二部

実録<あるネトウヨ青年valziekの記録>第二部
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この文章は実在するあるネトウヨ青年valziekのドキュメンタリーです。皆様にネトウヨのバカさ加減を存分に味わっていただくとともに、現在のわが国の危機的状況を実感していただけたら幸いです。少子化が叫ばれてもう久しいですが、それよりも生まれてくる数少ない子供がコイツのようなネトウヨになってしまう風潮の方に私としてはより恐怖を感じております。以下出来る限り本人が書いた文章から再構成してあります。読み苦しい部分も多々あると思いますがご勘弁ください。たかし
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皇室の紀宮が結婚すると言うので国民の税金から1億5千万が贈られようとしたとき、時あたかも「障害者自立支援法」が国会を通った。それについて私は思うところを書き込んだのだが、彼からすぐに「反論」があった。「人の価値に差があるのは確かだろ?ブスより美人のほうが外見的な価値はあるしバカより天才のほうが能力的な価値がある。障害者より皇族のほうが社会地位的価値があるのは明白。」「ところで障害者に金を与えろ、というのは障害者と健常者は能力が平等ではないと認めているようなものだと思うのだけど。本当に『平等』なら補助金なんか要らないはず。肉体的その他の要素で不平等だから補助金が要るのでは?したがってそういった要素でやはり健常者よりも価値は劣るのでは?」というものであった。
上記の書込みには矛盾とスリカエがある。「障害者より皇族のほうが社会地位的価値があるのは明白」などと言うのは、論理的にまさに欠陥文章である。カテゴリーが違うものを比較する無意味な言い草である。例えば「皇族と非皇族では皇族の方が社会地位的価値がある」と言うのならわかるが、「皇族」と「身障者」を比較してしまっている。だから「皇室の方で身障者」の社会的地位はどうなるの?と言うことになってしまう。二番目のは障害者と健常者の「法の下での平等」を「能力の差異の問題」にすり替えてしまっている。これらは確信犯と言うよりは論理的思考の欠如による間抜振りと考えてよいだろう。

彼の障害者に対する差別の酷薄さは覆い隠しようもないが、その女性差別にも注目する必要がある。容姿による差別発言を至る所で行なっているのだ。その辺のことをsumida5氏が問い質している。
sumida5氏:「紀の宮はアナタの基準で言うとブスでしょか美人でしょか?さー困ったねvalziek 君(笑)。」
valziek:「何が困ったんだ。あんなやつブスに決まってるじゃないか。見りゃわかんだろ」
それに対し荒川義道氏が怒りの書込みをしている。荒川氏は真性右翼団体「大日本皇道協議会」の会員であると言う。

荒川義道氏:「国賊valziekよ!いずれ貴様のやうな輩には必ずや天誅が下るであらふ!恐れ多くも畏くも元皇室であらせられる紀宮様をブスであるとは何事か!お前のやうな似非右翼がこの日本帝国を正に堕落させてゐるのだ。万世一系の天皇家に於いてブスなどをらぬ!紀宮様に於かれては多少お顔の部品の配置に欠陥をお持ちであらせられるが、断じてブスなどではあらぬぞ!!従って黒田何某もお顔にハンカチでも被せれば決して出来ないことも無いであらう。売国奴valziekよ!貴様のやうな不逞の輩は即刻腹を切るが良い!」
どうも言っている内容からすると右翼と言うよりは、おちょくりのギャグのようにも思えるのだが、深い詮索はこの際よそう。

http://blog.nojijizm.jp/archives/50055393.html#comments
のスレッドにおいて彼は「ゲームは人に悪影響を与えるなどはない」と主張する。「あなたはそれが俺に悪影響を与えたといいますが、あの類の格闘ゲームが人に悪影響を与えるなどと聞いたこともないですよ。」ところがその一方で自分のブログの中でこうも書いている。「日本人にだって殺しても良心が痛まないようなヤツはいくらでもいるし。というか俺は面識のないキモいヤツは誰でも、殺しても良心が痛まないような気がする。人を殺したことがないからなんともいえないけど。え?おかしい?いや、だって、正面からキモいやつが歩いてきて、自分はなぜか手に拳銃持ってるんだよ。で、犯罪とか抜きにしたとしたら、殺しても良心痛まなくない?ヤバいか。そういうゲームのしすぎかな・・・でもそういうゲーム面白いんだよな・・・」(valziekの日記より)

この通り「そういうゲームのしすぎ」で自分が「ヤバく」なったと自ら告白している(笑)。この主張の一貫性のなさは一体何処から来るものなのだろうか?しかも、それに対する彼の言い訳は「そのセリフは単なるシャレですけどね。そういうのあったほうが雰囲気が和らぐでしょ。」と言うものであった。このように都合が悪くなると自分の過去の発言をシャレで済まそうとするのである。こんなモノと果たしてマトモな議論など出来るものであろうか?それに対する私の一喝をご紹介しよう。

用心棒たかし:「もうこのブログを読んでおられる方々はこれまでの私とのやりとりで充分あなたの頭の程度を承知しておられるはずです。そして自分が論破されても決して認めないことや、稚拙な小細工を用いて問題のすり替えを行うことや、恥知らずな詭弁で白を黒と言いくるめることなど、みーんなもう分かってしまっているのですよ。あなたにマトモな議論をする資格がないと言うのは客観的事実なのです。私がいままで何故あなたのお相手をしてきたか分かりますか?(中略)もう一度言いますvalziekさん、あなたは他人と議論を闘わせるような知識もなければ技量もないしレトリックも持ち合わせていない。どうか自分のブログに戻っておとなしく書いていなさい。人のブログに出向いて歪んだ自己顕示欲を満足させるのはもうおよしなさい。」

さてこの青年の幼児性を最も表している例をお目にかけよう。彼のブログでよくお目にかかる手法で、それは次のようなものである。「この記事は非常に差別的表現に満ちたものになる予定でありとりわけ知的障害者への差別表現が多数に及ぶと予測されるためそういうのが平気な人以外は読まないでください絶・対・に・っ!」とまあこんな様なことを書いておいて、その後には聞くに堪えない障害者差別の言葉をこれでもか、と並べるわけである。そんな前置きなど何のエクスキューズにもならないのは誰が考えても常識だから、その内容を批判すると、こともあろうにこうのたまう。

valziek:「特大フォントでこう警告してあるのにその警告を無視して読んで傷ついたといわれても困る。傷つくようなタイプの人に読んでほしくないからこうした前文をわざわざ特大フォントで入れておいたんですが。」
これはもう幼稚園児と話しているようなものであるつまり「俺はちゃんと読むなと警告しているんだから読むな!」と言うことらしいのだが一体どうすればこんな理屈が成り立つのか、彼以外の誰にも分からない。ところが皮肉なものでこれがのちに彼の命取りとなるのである。

posted by takashi at 16:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ネトウヨ、バカウヨの醜態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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