2008年09月16日

世界一美味そうなビール

世界一美味そうなビールの話をしたいと思う。
と言っても、何の変哲もない国産のビールの大瓶であるけれども。そのビールは映画の中に出てきた。私は未だかつてあれほど美味そうなビールを見たことがない。と言うか、あれほど美味そうなビールの「飲み方」を見たことがない。あの健さんの飲み方はまさにそういう飲み方だった。ここまで書くと、かなりの方々が「ああ、あの映画のあの場面ね」と思い当たるに違いない。「幸福の黄色いハンカチ」である。

私も「一度でいいからあんな飲み方をしてみたい」と思ってみて、「いや、やっぱりあの飲み方は絶対にしたくない」と思うのだ。その辺がちょっと微妙である。あんな風に美味いビールを飲みたいが、あんな風に美味くビールを飲むような目には遭いたくない、のだ。

傷害致死で服役していた高倉健演ずる男が出所する。男は駅前の小汚い食堂へ入る。立ったまま、壁に貼られた品書きを真剣な目で追う。意を決したように「カツ丼、それとラーメン下さい!」・・・「あのすいません・・・ビール!」この「ビール!」と言うところが、心なしか上ずっている。渇望と幸福が入り混じった「ビール!」なのである。
程なくビールが運ばれてくる。男はまるで宝物に触るようにしてビール瓶を持つ。右手が震えている。コップ当たってカタカタと音がする。それでもこぼさぬようになみなみとグラスを満たす。ここからが迫真の演技だ。男は目の前に置かれたビールグラスを両手で包むように持ち上げると、目をつぶってゆっくりと飲み始める。しかし耐え切れずにピッチは上がっていく。飲み干したあとは目をぎゅっと閉じ、顔をゆがめた、あの覚えのある表情。オルガスムにも似たあの表情で「くっ!」と果てるのだ。実に男らしい飲み方だ。
ちょっと最後がえげつなくなってしまったが、要するに刑務所のストイックな数年間を、あの一杯の描写で想像させているのだ。まさに演出の妙、演技の妙とはこのことだ。もし、食堂で隣の人があんな風にビールを飲んでいたらその人は今朝刑務所から出てきたのだな、と思うかもしれない。それほど迫真の演技であった。
冷えたビールをジョッキでぐいぐいやるコマーシャルなど、足元にも及ばぬ世界一美味そうなビールだった。
posted by takashi at 16:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・文学・音楽など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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